第30話「弱点」

選別試験の不合格者は試験場を出た後、裏門で、試験前に預けておいた荷物に代えて一丁の拳銃を渡される。 
そして、自分が「世界に危険を及ぼす存在」であることを告げられ「死」を勧められる。 
多くの不合格者たちは、その言葉に操られるようにトリガーを引き、己の命を絶つ。 
死んだ者、死に切れなかった者、死を拒む者……それらを平等に、裏門に集った「掃除屋」が始末する。

サイマスの選別試験は、候補生の判断能力を見定める。 
まずそもそもの「判断する能力」がなければ不合格となり、続いて、ベールが候補生に様々な「世界の断片」を提示する。
それらに対して、一つでも「排除」反応を示した者は不合格となる。 
「世界に危険を及ぼす存在」として。 

サイマスの卒業率はわずか3%。 
つまり、入学した候補生の97%は卒業することなく、命を落としている。 

この「試験の真実」と……そして「世界の終焉」をリガンドに告げる。 
リガンドに告げるとして、当人の利益だけ考えるならば、前者のみで充分だ。 もうあの3人は存在しないと。選別試験で不合格となった、不合格者は死ぬから、と。 
後者を告げても、リガンドに何らの利益は無い……だが。 

ハインツは、クラインが自分に話さず黙っている情報を聞き出したかった。 
あれだけ何でも軽率に話してくるクラインが「それ」については一切話さない、 そして「それ」は、クラインが抱えるストレスの原因の一つに違いないと。 

クラインの精神面の弱さが最初から気がかりだった。 セントラルでは自由気ままに過ごしていたから、本人も自身のストレス耐性の低さに気付くことはなかっただろう。 

クラインは、特に「切迫した状況下での期待」というプレッシャーに弱い。 
複数の選択肢を提示され、それらすべてが「犠牲」を伴う場合に、自分の選択が「最善であることを他者から期待される」と、クラインの精神の安定性は容易に瓦解する。

 
通常の防衛戦で、その場での最善を見極めて攻撃指揮するならば、おそらく問題はなかっただろう。クラインは総指揮官として十二分に活躍できただろうと思う。 
だが、終焉を迎えつつある世界で、物資人員共に不足が悪化し、反乱、内紛等が頻発していく状況で、第一防衛と第二防衛の総指揮を担うというプレッシャーに耐えうるか。 

今の状態では、無理だ。 

ハインツは、まだ何も知らないまま、授業の課題を解いているリガンドを見る。 
リガンドも巻き込む、と自分が話した時のクラインの警戒した表情が記憶によみがえり、ハインツは書類の影でひっそりと苦笑した。 

お前のためだよ、クライン。 

座っている椅子の向きをリガンドの方向へ少しだけ調整し、それに気付いてリガンドが顔を上げるのを見届けてから、ハインツは口を開いた。 

「リガンドに頼みたいことがある」 

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