第50話 紋章

通常、その役割を示す紋章は、軍服の「左胸」を飾る。 

自堕落で着け忘れる者などはさておいて、唯一の例外は特殊警備兵の「双頭片翼の竜」。これは、右頭部の頭蓋に直接固定して装着される。 

「だから、特警は頭の右を見たら判るワケ」 
ザイムが頭を軽く横に向けて、昨晩クラインが指さしたのと同じ位置を指し示す。 
「紋章って普通は左胸だろ、何で右頭部なんだよ」 
少し態度悪く、腕を組みながらリガンドは言葉を返した。
態度や話し方だけでなく普段の表情も、ハインツを見本にしたつもりだった。だけども、単なる仏頂面になってしまい、しばらくはクラスメイトから「腹でも痛いのか」と聞かれたりもしたが、そろそろ板についてきたように思う。
「それは右利きだと左胸の方がつけやすいからさ、頭につけるなら……右側がつけやすい…?」 
「教科書には頭蓋に直接固定って書いてるから、自分で着け外ししないだろ」 
「そういやそうだな」 
「………」 

クラインが指さした位置が気になって、教科書で特殊警備兵についての説明を探して読んでみたら、思った通り、紋章が固定される位置だった。 
でも、紋章が右頭部に直接固定される以上の情報が書かれていない。 
一緒に教科書を覗き込んできたクラスメイトも、それ以上のことは何も知らなかった。 

自決の際に紋章の位置に銃口を当てる理由、右頭部に固定されている理由が気になる。本人に聞けばいいのだろうけど、一連の話は「もう終わり」になったから、蒸し返すのも悪い気がするし。 

自習時間に、普段あまり立ち入らない図書室へと向かった。 

「“特殊警備兵の紋章は、一般回線及び軍事回線の受信機能と、装着者の生命反応が一定レベルを下回ったときに劇薬を脳に注入することで一時的に身体能力を向上させる機能を備える。”」 

書架から手にとって開いた、ぶ厚い本の該当箇所を、ゆっくりと目で読み上げる。 
もう一度、読み返す。 
「劇薬」という文字が目に焼きついた。 

本の重さが消える。と、同時に後ろからの接触で、知らずに詰めていた息が漏れる。 
「だ~れだ?」 
耳元への囁きに少し遅れて、視界が塞がれた。 
体が触れている時点でその問いかけの意味がなくなるのを、声の主も当然知っている。 
「クライン……」 
当たり~!と抑えた声で後ろから片腕で抱きしめられ、慌てて周囲を見回しながら腕から逃れようとするが、片腕に対して両腕で抵抗しても解くことができない。
この力の差は、どうしたって埋められない……クラインは、攻撃官を体力や筋力で上回る特殊警備兵の素質も備えているから。 

ふと、自分から取り上げた本をクラインが眺めていることに気付いて、見上げる。 
「あぁ、これ」 
「……クラインも、その紋章、つけるの?」 
クラインは、元特殊警備兵の訓練生だった。でも、今は士官学校で特殊前線指揮官の候補生だ……だから、関係ない…… 

「つけるよ」 

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