第60話 特司付

自分の髪を撫でる手に気付いて目を開ける。クラインが満足げな笑顔を浮かべているのが見えた。 
「……起きたなら起こしてくれたらよかったのに」 
「久々だし、じっくり眺めたかったから」 
「………。」 
起き上がって、少しよれた服を整える。 
軍服は士官学校の制服よりも丈夫な素材で作られているからか、そのまま寝てもあまり皺がつかないようだった。 
時計を見ると夜の7時半だ。思ったより寝てしまったらしい。 
「なんか食べる?持って来…」 
「あ~……待って待って、離れないで」 
ベッドから立ち上がろうとすると、しがみつかれて引き戻される。 
「え……」 
「できればくっついていて欲しい。ちょっとまだ慣れてないんだよね、ノイズに」 
「ノイズ?受信機の?」 
「そう」 
ベッドに座りなおして、求められるままにクラインにもたれかかり、抱きしめられる。 
「この受信機って、対象の異常チェックしてるときは音声が落ちるんだ」 
「……あぁ、そういうこと?」 
何年も前、クラインが自分に触れて『異常なし』と言ったことを思い出す。 
自分たち攻撃官もそうだけれど、目に見えない異常は『触れることで判断する』。 
「あとさ、慣れた相手や、安定した相手だと遮断効果抜群なんだって……これはハリソンから聞いたんだけど、ほんと……効く……」 
そんな、人のことを鎮痛剤かマッサージかのように言われても。 
「やっぱりノイズがずっと聞こえるの、よくないんじゃ……本当に大丈夫?さっきも顔色悪かったし……」 
今からでもその受信機を外せないのか、そんな考えも浮かぶが、クラインが自分の首筋に顔を埋めたままぐりぐりと首を振る。 
「んん~大丈夫……他の特警からも教えてもらったんだけど、10日位で慣れるんだって。この、ずーーーーっと聞こえるノイズ」 
「10日……」 
士官学校を卒業してから今日で6日目だ。 
「で、さ、ずっとまともに寝てないから、もーぅ、辛くって」 
「ずっと?!!」 
思わず体を起こして向き直る。 
「そ。だから、休憩に来たんだよね。リガンドの上官に話もあったし」 
「それ!ハリソン司令と何話してたの?……ひゃ、」 
向き合った状態で引き寄せられて、首筋に唇を落とされ、耳元で囁かれる。 
「シャワー、浴びよっか」 
「は?」 

シャワー室まで引きずり込まれて、クラインが盛大にシャワーのレバーを回す。 
シャワーを頭から浴びながら聞かされた内容はこうだった。 
ハインツが提案した策の一つとして。 
クラインが、リガンドの上官に「リガンドを特司付きにする」と伝え、同じ小隊の攻撃官にもそれを知らしめる、と。つまりは、士官学校でハインツの指揮官付きという噂が流れたのを「虫除け」に使ったのと同じ方法だ。 

キュッと音を立てて、クラインがシャワーを止め、片手を軽く振って使羽をどこかへと飛ばす。 
「まぁ、なんか、ハリソンの方も予想してたみたいでさ。俺が話す前にあっちから提案してきたし」 
「提案?」 
体を拭いて、シャツを羽織る。 
「俺がハリソン小隊に合流中は、リガンドの指揮権を…委ねる、だったかな?その代わりに、合流中に生じた防衛戦では小隊との共同戦線を張るって約束してさ」 
「え、ちょっと待って、」 
そんな約束に応じなくても、クラインは指揮官より上位の特司だ……それは、 
「まぁ、どうせ会ってるときに防衛戦になったら一緒に戦うだろ?」 
「それは…そうだけど」 
ドアのノック音が聞こえる。奥のソファにどっかりと座ったクラインが「出て」とジェスチャーするので、急いでズボンを穿き、髪は濡れたままでドアを開けた。 
「………あ、」 
「しょ、食事をお持ちしまし………た!」 

“同じ小隊の攻撃官にもそれを知らしめる” 

それが今まさに実行されたことを知る。 
先輩攻撃官が張り付いた表情で室内へと2人分の食事を運び、そして踵を返し、再び敬礼して部屋のドアを閉める。 
「…………」 
閉まったドアに、明日からどんな顔をして小隊で過ごせばいいのかと途方に暮れた。 
「これでリガンドは、今度は指揮官付きじゃなくて特司付きになった、ってこと♪」 
「あ~~~~~……」 
いつの間にか後ろに来ていたクラインに抱きすくめられて、リガンドは完全に緊張が消え去って、ずるずると脱力した。 

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