クラインの部屋で。ハインツも加わっての話になった。
「予想できたことだ。教師に話したところで、逆効果になる可能性の方が高い」
「それはそうだけどさぁ、なんとかなんないの」
ハインツが淡々と話し、クラインは少し間延びした感じで話す、リガンドの背に手を置き、時折さすりながら。
鏡を見たわけではないが、泣きはらした顔になってるであろう自分の顔を、ハインツが一瞥して短くため息をついた。
「……ひとまずは、夜間、寮棟に戻らなければ同様のケースは回避できるだろう?」
「よし!決まり!リガンドはもう教科書とかも俺の部屋に置いておけばいいよ!そしたら朝練もできるし!」
「…でも、」
「決まり!」
「決まったんだ」
リガンドの言葉を、クラインが押し切り、ハインツがとどめをさす。
よしこれで解決した~リガンドはもう寝て~と気楽に自分の机に戻って課題に取り掛かり、ものの数秒で「わからない…」と絵に描いたように沈没するクラインを見て、ハインツはそれを追うようにリガンドの前を横切る。
「……これで解決したわけではないから、なんらかの策は考えておく」
ハインツの視界の隅で、リガンドが小さく頷いた。
クラインがバディに選んだんだ。
こんなことで潰れてもらっては困る。
そう、思っただけだ。
ハインツは、机に横付けした椅子に腰を下ろしてクラインの勉強を見る。
初めて会った時、クラインに惹かれ、惹かれるままに近づき、クラインの傍に自分の居場所を作り、あるいは作られて、今ここにいる。
クラインは、話し相手が欲しかったのかも知れない。1人でサイマスに編入して来て、1人だけのコースで。
「勉強を教える」という自分の口実の裏にある思いもきっと見透かされて。
勉強を教え始めて、クラインが新しい環境に順応しようとしているのはよくわかった。前にいたところとの違いがストレスとして蓄積しているのも。
クラインと共に卒業し、戦場に出たい。
ハインツはそう願ったが、クラインの抱えるストレスと、ストレスへの耐性の弱さが気にかかった。
再び、リガンドを見遣る。
クラインに言われた通り、おとなしくベッドで寝てはいるが、眠ってはいないだろう。さっきは、ぼろぼろと泣きはしたが、ハインツの目にはクラインよりもストレス耐性があるように映った。
──安定性が高い。
不安感がうつるように、安定感もうつる。
リガンドをバディに選び、時間を共に過ごすようになってから、クラインの安定性が高くなったと、ハインツは感じていた。
最初は、顔が好みの候補生を見つけて可愛がるだけだろうと思っていたが、「同等」に扱い、「戦場で背中を任せたい」と話すクラインを見て、自分の読みが外れていたことを知った。
誰かを守ることがクラインの安定を高めるのではなく、
信頼できる誰かと共にあることが、クラインの安定を高めるのだろうと。
リガンドとまだほとんど会話はしていないが、教師からの評価、本人の態度や言動から「安定して品行方正」であることはわかる。「やや消極的」ということが教師からはマイナス評価として書かれてはいたが、指揮官の指示を受け、その範囲内で攻撃行動をする特殊技能攻撃官としては、「積極的」よりも評価される側面も持つ。
やや攻撃的な指揮官と組み合わせれば、補佐役として能力を遺憾なく発揮するのではないか。
……しかし、まずは目の前の問題を解消しなければならない。
ハインツは軽く頷いて、ペンを取る。クラインが間違えたまま問題を解き進めいている。
「クライン、そこはそういうことじゃないんだ…」
時間は夜の12時半。
ハインツの家庭教師は毎晩1時まで続く。