第18話「悪夢」

頭では理解している。
もう、あれは済んだことだと。過去のことに過ぎないと。 

「リガンド!」 

揺り起こされた。しっかりと掴まれた肩の感覚に、夢と覚醒の区別を理解する。理解できる。
「…ッ……あ、」
喉が少し掠れている……息も、少し苦しい
「大丈夫?」
「……ごめん、起こして」
夢に魘されて少し、叫んだのかも知れない。あの時は、怖くて、声も出なかった癖に。 

「それは構わないけど」
クラインが隣で起き上がるのが分かる。
「………」
「…リガンド?」 

 そうじゃない。 

怖かったのは本当だけど、羞恥と、苦痛の中に、熱も感じたのが耐えられなかった。
押し殺したのは、助けを求める声だけじゃない、 

あんな夢を見て、恐ろしくて叫んで、それなのに熱を孕んだ自分自身に耐えきれない。  

「……ちょっと頭冷やしてくる」
ベッドから出て、床に足を下ろす。裸足で触れる床板が冷たい。 

部屋が暗くてよかった、泣いているのは気付かれているだろうけど。 

肩を掴んでいた手が、自分が離れることで一度離れて、そしてすぐに腕を掴んだ。ふりほどけない強さで。 

「冷やす必要なんかある?体も冷える、今夜は寒いし」
「……」
少しだけ、その手に逆らった。離れようと、踏み出そうと。
力の差はわかってるのに。 

「座って。ちょっと落ちつこう」
腕を掴んだまま、引き戻すでもなく呼びかけられる。なだめるような声色で。
ベッドに腰を下ろすと、同じように自分の隣にクラインがゆっくりと座る。
「…大丈夫?」
「……うん」
一瞬だった。頷いたことが合図だったかのように。 

軽く、でも素早く肩を押されてベッドに仰向けに倒され、自分の体の上に圧がかかる。クラインの手が腰から太腿に滑る。 

「……ひっ、あ!」 

逃れようとしても抑え込まれる。叫び声が途中まで出て、喉が引きつり、息が詰まる。 

「リガンド、」
耳元で、もうほとんど顔に密着した近さで、声よりも体温と息が伝わる。
「ちゃんと『判断』して」
それはもしかしたら、普段の会話の声ではなく、指揮官の『声』で 

「……」
思考が強制的に停止させられたようになる。
真っ白になったような……これは、待機。 

命令を、待て。 

「俺が怖い?」
「……怖く、ない」
命に応じ、問いに答えた。クラインが怖いわけではない。
体勢的には、ひどくイレギュラーな状態ではあるけれど。 

よし、と小さくクラインが呟いて、自分を抱き起こしながら起き上がる。
もう一度、向き直ってから、一呼吸を置いてクラインが再び自分に手を伸ばして触れたのに対し、リガンドは一瞬、僅かに身構えた。頬に添えられた手が止まり、離れる。 

「うーん……」
部屋が暗くて表情はほとんど見えないけども、声に苦笑いしたような音が混ざった。
「やっぱり怖い?」
「…怖くない、けど」 

頭ではわかってるのに、身体が一瞬、恐れを思い出す。  

「自主練のとき特に何ともないから大丈夫かな~って思ってたんだけど」
「……」
「それ以外のとき、身体に触れられるの、ちょっと……怖がってるだろ?」
クラインは、『過敏』という言葉を思い出せなかった。 

 「頭ではわかってる……触られることに、過敏になってるって」
思い出せなかった単語をリガンドがあっさり口にして、クラインは暗闇で半目になる。  

「……わかるよ、一度、怪我をしたら、似たような場面で余計な動作が加わる。怪我を恐れて。多分、それと同じなんだろうと思う」
気を取り直して、会話の梶を取る。
リガンドの場合、心の怪我って言えばいいんだろうか。
『過敏』は思い出せなかったけれど、クラインは先日、ハインツと話していて思い出せなかった「他のやり方」を思い出していた。  

「リガンド……試したいことがあるんだけど」 

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