第29話 裏門

セントラルから突然、サイマスに編入させられた日、 
クラインは学長室でこの世界の近い未来についての話を聞かされた。
皺くちゃの顔に掠れた声、生気のなさ……というよりは、死臭さえ漂うその人物は「サイマス」と名乗った。 

「世界を守るための力は、同時に世界を傷つけかねない危険性も持つ……。その攻撃が……是か非か、力を持つ者は、その判断の責を負う。……判断する能力を持つ士官を、我がサイマス…士官学校はこれまで数多く、輩出してきた……」 

時折、声が掠れたり絶えたりしながら、サイマスは語り続けた。 

普段のクラインならば、こんな退屈な話を聞かされれば、5分と持たずに欠伸をしただろう。 

だが、 

……こうも死臭がしては、気が立つ。 

特殊警備兵としての性質も兼ね備えるクラインは、「死」の気配に敏感だ。 正しくは、「死にゆく存在」もしくは「死に導かれるべき存在」に、その意識がひきつけられる。 
目の前の老人と、そして、この学校の一角に。 

一体、何人、何十……何百人の候補生が、ここで死んでいる? 

「だが、近い将来、このサイマスはその役目を終える」 
クラインは、離れた場所にある数多くの死の気配に意識を集中させていたが、学長の声色の変化に気付いて目の前の学長に意識を戻す。 

なんだって?役目を終える? 

「お前は、このサイマスから出る最後の特司となるだろう……とても、よく似ている。サイマスの誇りであり、そして最高の……世界の終焉に……添える…サイマスからの…」 
言葉が掠れて聞き取れない部分が多くなる……が、体中の力を振り絞るように、老人が目を見開き、声に力を込めた。 

「お前に名を与えよう」 


「………」 
そこまで思い返して、歩を止める。 
教師棟の脇にある庭園、噴水を眺めた。 
この庭園をつっきれば………その先に、裏門がある。 
「ん?」 
珍しい、候補生がいた。噴水の傍らでしゃがみ込んでいる。 
真面目なサイマス候補生が、こんなところで隠れんぼでもするのか? 
不審さを感じないので近づいて声をかける 

「何をしてる?」 

パッと振り返った。瞳の奥で深い蒼が揺らめく。しっとりとした黒い髪に、まだ幼いが整った顔立ち。将来有望だな、とクラインは一瞬で品定めをする。 


「…あ、の」 
掠れた声で、候補生が立ちあがった。すこし足元がおぼつかない。具合でも悪いのか…… 
支えてやろうかと片手を背に添えると腕にしがみつかれた。 
「探してるんです……」 

歩きながら話を聞いた。 
自分の友人が、試験で不合格になった級友たちのその後を気にかけていること。自分自身、何故か嫌な感じがして、教師に尋ねたが「知る必要はない」と回答を拒まれたこと。 
「………」 
適当に相槌だけを打ちながら、クラインは今度は先日のハインツとの会話を思い起こす。 
リガンドに、裏門のことを話す、世界が終わりつつあることを話す。 
どっちも知らなくていい話だ。しかもろくでもない、知らないままの方がよかったと、……少なくとも自分はそう思った。 
チラと傍らの候補生を見遣る。 
この候補生は、あれを知ってどんな反応を示すのか。 
クラインは別に学長や教師たちに口止めされていないし、裏門に近づくことを禁止された覚えもない。 
他の候補生だってそうだろう。別に立入り禁止の札があるわけでもない。 
ただ単に、教師棟に用がないだけ、おいそれと近づける雰囲気ではないだけ。だから、その教師棟の裏にある裏門などは余計に近寄ることもない。 

「何の音…ですか」 
裏門が近付いて、独特の、抑え込んだ音が耳に届き始める。サイレンサーをつけた銃の発砲音だ。 
「目で見た方が早い」 
噴水の傍にいたときよりも蒼白な顔に、感情をこめずに答え、自分はさっさと裏門全体を見渡せる貯水タンクの上に飛び乗る。が、少し、迷いが生じて言葉を付け足す。 
「……知らない方が、いいこともあると思うけど」 
手を差しのべながら。 
ずっと不安げだった候補生の目が、少し見開いてから、途端に落ちついた力強いものとなる。 

「知らない方がいいことかどうか、僕は知ってから判断します」 

その目に応えて、クラインは掴む手に力を込め、候補生を、自分と同じ高さに引っ張り上げた。 

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