第39話 変化

「サイマスでも楽しむ」と宣言してから、クラインのナンパ活動が始まった。

士官学校に風紀の規則があるとはいえ、思春期の青少年を集めてそういったことを全て封じられるわけもなく、賢い候補生たちも表立って行動しないだけで、ある意味で『心得た』ものだった。
成績の良さがそのままその人の評価に繋がりやすい士官学校では、クラインは座学だけを見れば著しく低評価で、「モテる」のは難しいかもしれない。
だけど、特司コースはクライン一人しかいないから、成績の順位が廊下に張り出されることはなく、座学に関する話題に触れさえしなければ、その低評価を知られることはない。
それどころか、聞き慣れない特別コースであること、人目に触れる実技の授業での評判の良さを前面に出していけば、高評価になりうるのだった。 

「……いいの?あれで」 
すっかり習慣になってしまった喫茶室でのひとときに、炭酸水を一口飲んでから、リガンドは切りだした。 
ハインツは言葉なく、目だけで応じる。 

何か問題があるか? あるとしたらとっくに俺が対応している。 

そんな答を聞いたような気がして、リガンドは言葉を選び直す。 
「えーと……」 
「心配要らないだろう、クラインはその辺はおそらく大丈夫だ。トラブルに発展するような事はないと思う。それに、」 
助け舟なのか、単に待つ気がなかったのか、リガンドの言葉が整う前にハインツが口を開き、最後に、音を消して口だけを動かす。 

『声』がある 

「あぁ……」 
グラスの水面に浮かんでは消える炭酸の泡を見て、リガンドはうなだれた。指揮官の『声』を受けたときの感覚を思い出す。あれには抗えない。
それ、そんなことにも使っちゃうの…?
能力の悪用じゃないかな……そんなことを思いながら、ひとつの疑問が浮かびあがる。そういえば、指揮官同士で『声』を使った場合はどうなるんだろう?
「それよりも、対策すべきはお前だろう、リガンド」 
「え?何の?」 
予想外の言葉が飛んできて、慌てて顔を上げる。
「昨日も話しただろう、これから増える。クラインよりお前の方がトラブルに巻き込まれそうだ」 
ため息交じりで置かれたカップの水面が静かに揺れる。 
「えぇ……」 
でも、断ったんだからトラブルにならないんじゃ… 
「断ること自体、トラブルの素になりうる。元から断て」 
言い返す前に、炭酸の泡みたいに言葉が消える。 
「男でこちらに対抗してくる奴はいないだろうが、女に関しては自分で対処しろ、いいな?」 
週に数回、わざわざ人目につく喫茶室でハインツと話している本来の目的を思い出して、再びリガンドはうなだれた。 
「その節は……本当にお世話になっています…」 
いつの間にか、上級生からのリガンドへの呼び出しも完全になくなっていた。

“攻撃官コースのリガンド・グランは、指揮官コースの天才ハインツ・テーザーの「指揮官付き」”

その噂は、既にゴシップの対象から外れ、共通認識のように扱われ始めているようだった。 
「礼は不要だ、そんなことより策を考えて実行しろ」 
「…はい」 
椅子にふんぞり返って腕を組んだハインツに、リガンドは何かを思いつきながら、肩をすくめて頭を下げた。 

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