「それは、表向きは『禁止』とされている」
カップに視線を落とし、ハインツが少し勿体をつける。
「表向き……」
クラインがナンパを始めたことで、いつもの喫茶室でクラインを待つ時間が少し長くなった。
だからなのかはわからないけれど、ハインツは以前よりずっと口数が増えた……と思いながら、リガンドは両手で持っていたカップをハインツと同じように片手持ちに変更する。
「指揮官同士で『声』を使った場合、力量差で勝敗が決まる。味方同士で力を消耗することは愚行だから、『指揮官に対する声の使用は禁止』」
「ハインツはクラインに対して使ったこと、ある?」
「ない。使うつもりもない、使わなくても言葉で充分だ。仮に使わなければならない状況になったとして、クラインには俺の『声』は通用しない」
「え?!そうなの?」
サイマス始まって以来の天才があっさりと負けを口にしたことに驚いてこちらは思わず腰を浮かすが、当人はいたって冷静に説明を続ける。
「『声』は力を消費する。対象に抗われるほどに。リガンドも知っておいた方がいいだろうから話しておくが、指揮官が異常をきたした場合、真っ先に失われるのは『声』の能力である事が多い」
「へぇ……」
攻撃官コースでは、指揮官の『声』についての詳細を教わることが無い。攻撃官は下命に従うのみ。そもそも、『声』を使われること自体が減点だ。
「覚えておけ」
「うん」
頷きながら目の前の少年を眺める。年齢は1つ上、身長は自分より8cmほど高いけれど、指揮官コースで実技訓練も少ないし、特に体格がいいというわけでもない。
「……聞きたいことがあるなら聞け」
以前なら、そろそろクラインが授業を終えて合流する時間帯だが、現れる気配がない。リガンドはちょうど今考えていたことを言葉にする。
「聞きたいことというか……この前、ハインツは『程々に対応してる』って言ってたけど、その、どんな感じなのかなって。自分の対策を考えるのに、ハインツをお手本にしようかと思って……できる範囲で、だけど」
「……」
ハインツが少し意外そうな顔をしたような気がした。
実際にはほとんど表情は動いていないから、気のせいかもしれないけど。喫茶室には当然、他の候補生たちもいて、ハインツは決して表情を緩めない。
「……ダメかな」
「悪くない手だ」
ハインツが椅子の背から起き上がり、テーブルに両肘を載せ、組んだ手に口元を隠す。 隠しているけれど、笑っているのはわかる。
「まず、呼び出しには応じない。こちらから用事がない以上は全て無視している」
「無視……」
一発目から難しいのがきてしまった。それ、ハインツだからできるけど、俺がやると単に態度の悪い奴になるよね……
「リガンドは誰に対しても丁寧過ぎるんだ。それを改めろ。性格的にすぐには難しいだろうが……実力が伴えば、攻撃官であろうと多少横柄な態度は許容される」
「横柄って……」
ハインツが再び椅子の背にもたれ、腕を組んでみせる。
年齢は自分と1つしか変わらない。…けど、
サイマスきっての天才、指揮官コース第3学年 ハインツ・テーザー
手本が高度過ぎた……。
リガンドは思わずカップを両手で持って、真似てオーダーした紅茶を一口飲んだ。