第59話 取引

左胸に飾られた不死鳥と剣のエンブレムが光を反射する。 
制御官のエンブレムでは、不死鳥は剣に串刺しにされ「制御されている」が、自らも前線で戦うというこの特殊な指揮官のそれは、不死鳥は剣に絡みつき、勢威を示す。 
資料によると、特司は特警と同じく右頭部に双頭片翼の竜のエンブレムも固定されているらしいが、それは正面からだとよく見えない。 

「この小隊の指揮官を務めております、ハリソン・タリスです」 

敢えてゆっくりと席を立ってから、友好を求めて手を伸ばす。 
軽い握手の後、クライン・ニールセンと名乗った若い新人の特司に、どうぞ、と席を勧めた。 
本来であれば、階級の低い自分がまず席を立って特司を迎え入れるべきだ。 
内心では冷や汗ものではあったが、賭けには勝った。 
特司といえども、まだまだひよっこの新人だ。そして…… 
「ニールセン特司が我が小隊にお越しになられた理由は存じております」 
彼が口を開く前に、堂々と、滔々と語り始める。 
「私の部下、リガンド・グランと候補生時代から親交があったと聞いておりますので」 

・ 

・ 

「リガンド~!」 
先輩攻撃官に名前を呼ばれて、無表情に振り返ってから応える。 
「なんですか?」 
自分をナンパしに来た特警を一人ぶちのめしてからというもの、最初思っていたのとは違う形で、リガンドは小隊内に自分の居場所を獲得していた。 
「司令が呼んでる」 
ハインツが推奨してくれた「多少横柄な態度」も、先輩たちのあの戦々恐々の表情を前にすると、意外とすんなり実行できたし、板についてきた、とリガンドは少し自信を持って廊下を歩く。 
指揮官室の前に辿り着き、ノックをして聞こえた応答に、気合を入れた無愛想な表情で入室する…… 
「……クライン、」 
思わず、表情から力が抜けた。が、ハリソンと目が合って、慌てて姿勢を正し、表情にも再び力を入れる。 
状況が分からない。 

ハリソンがクラインに向き直り、腕を上げて誘導する。 
「では、どうぞ。ごゆっくりお休みください」 
「…ん、」 
静かに頷いて、クラインが席を立つ。続いてハリソンも席を立ち、控えていたロテアに「休憩室にご案内を」と短く命じる。 
説明を求めて、ほぼ一週間ぶりに会ったクラインの顔を見るが、目を合わせてもらえないままドアは開かれ、クラインの腕が自分の肩に一度もたれかかるように掴まってから、するりと背を撫で、腰に手を回される。 
「行こう」 
「…え、」 
後ろに立っているハリソンがそれを見るのではないかと気付いて振り返る前に、言葉が届く。 
「ニールセン特司、これからはどうぞ……宜しくお願いいたします」 
何か、含んだような、声色で。 

腰に手を回された状態でリードされるように、さっきとは全く異なる視線を浴びながら、おとなしく廊下を歩いた。 
案内役のロテアが事務的な声色で「こちらです」と一室のドアを開く。 
顔を合わせることができず、俯いたままクラインと部屋に入る。 
ロテアもまた、こちらを見ようとしていない。 
案内されたのは指揮官専用の休憩室だった。たまに訪れる指揮官が泊まっていく部屋。 
「ん、ありがとう」 
ロテアに軽く礼を言うクラインの声を聞く。 
ドアが閉まった音を聞き届けてから、顔を上げる。 
「クライ……、ッ?!」 
勢いよく抱きつかれる。抱きつく、というより、しがみつくと言った方がいい位に。 
「………あーーー、ほんとだ、楽……」 
「え?…何?どうし…」 
強く抱きしめられ、窮屈な状態でもがく。 
「ごめん、……説明は後、…寝る」 
「へ……わっ」 
宣言直後、自分に一人分の体重がかかる。 
「………は?……嘘」 
眠ってしまえばこの拘束が解ける……わけがないのは、経験上知っている。眠ったとしてもクラインの馬鹿力からは逃れられない。それでもリガンドは、少しだけ無駄な抵抗を試みた。 
「……ッ、…無理!この、こんな体勢で熟睡とか……もう」 
自分にしがみついたまま、腕以外は脱力して熟睡するクラインの体を支える。
指揮官室で会った時、顔色があまりよくなかった。 
声も、静かというよりは力がなかった。 
「……せめて、上着、脱いでから寝て欲しか……った!よ!」 
クラインがくっついたままベッドに移動して、毛布を引っ掴んでから諸共寝転がる。 
身動きが許される範囲で腕を伸ばし、服をひっぱって皺を伸ばし、乱れた髪を少しでもマシに整えようとして、指で触れた硬質な感覚に手を止める。 

右頭部に固定されたエンブレム。 

クラインに強くしがみつかれた状態で、見えない位置にある「双頭片翼の竜」を、指でなぞる。 

通信機能も備えていて、常時、周囲からの救援要請を傍受。 
混戦した状況でも骨伝導で聞き取れるよう頭部に固定されている。あと、装備している者の生命反応が一定値を下回った際に、短時間蘇生と強化の劇薬が脳に注入される…… 

ハインツは、最後までこれの装着に反対していた… 

まだ、時刻は夕方の4時過ぎで、眠るには随分と早い。 
それでも、クラインの様子を見る限り、数時間はまず目を覚まさないだろう。 
「………起きたら色々説明してもらうからな!」 
届きもしない不満を声に出して、大きく溜息をついてからリガンドは仮眠を選んだ。

>>第60話へ

各話一覧へ戻る