第61話 盗聴

「ハインツには会った?」 
「いや、まだ」 
「なんで?多分、心配してると思うよ、それ」 
ベッドで、クラインに後ろから抱きすくめられた形で食事を取る。 
本当に離してくれなくて、何かの動作で少し離れただけでもすぐ引き戻されるから、テーブルで食事をとれず、こうなってしまった。 
「……ノイズに慣れてから会おうと思って」 
「…あぁ」 
威勢よく啖呵切って紋章を装着しておいて、あっさり参ってしまったのを知られるのは悔しいんだろう。クラインはあんまり表には出さないけど結構負けず嫌いだ。 

でも、多分、ハインツはそのことにも気付いてると思うよ。 

とは口に出さずに、パンの欠片と共に飲み込む。 
ふと、クラインが部屋を見渡す素振りをした。 
「何?」 
「……何でもない、ちょっと通信が耳障りだっただけ」 

リガンドが訝しむ表情を見せたが、すぐに元に戻って食器を簡単に片付けてベッドサイドに置く。 

……流石に位置まではわからないな。 

クラインは軽く右手を紋章に添える。共鳴するノイズは聞き取れても、機器の正確な位置までは推測できない。 

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聞かれて本当にまずい話は必ずシャワー室で。 

これは、卒業前にハインツから指導されたことだ。 
士官学校を卒業したら、自分たちは単独行動の指揮官だけれど、小隊配属となるリガンドとは四六時中一緒にいられるわけではない。 
あの三人みたいなことが起きないようにと、ハインツに対策を依頼し、……依頼しなくともハインツは進んで策を講じてくれたかもしれないが、ハインツはそれに応えて色んなパターンを想定した提案をしてくれた。 
「シャワー室で?なんで?」 
「駐屯地内では会話が盗聴されている可能性がある」 
午前中の、リガンドがいない時間帯に話した。ハインツは椅子の背にもたれ、腕を組む。 
「げっ…指揮官てそこまでやるの?」 
「すべてではないだろうが、盗聴器使用の例はいくつもある。あと、この話……盗聴の可能性はリガンドには言わない方がいい。自分の直属の上官に盗聴されているかもしれないと思うと、色々やりにくくなるだろう?」 
「色々……あ~、なるほど、そういうのも聞かれるのかぁ」 
随分とアレな趣味にも思えてくる。 
「……否定はできない、という話だ」 
「……ハインツも?」 
疑う者は、それを選択肢として知っているからだ。 
浅はかな疑いをかけられたハインツが少しだけ笑った。 
「必要があれば」 
俺には必要ない、そう言いたいんだな。と意図を汲んでクラインも笑った。 

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「………」
 グラス表面の水滴が机上へと伝わり落ちるのを見ながら、ハリソンは少しずれたイヤホンを軽く指で正す。 

なるほど、リガンドはそれなりに敏いようだ。 
ニールセンは、座学の成績を取り寄せて見た限り、こちらの思惑通りに誘導しやすいだろうと考えた。特に、今、受信機のノイズに慣れない間は判断力は平常時より落ちているだろうし。 
途中でシャワー室に入られたときは盗聴に気付かれたかと焦りはしたが、前後の会話から、特にそのような気配もなく、シャワーの意図は別にあったと把握し、ハリソンは安堵した。 
グラスを手に取り、琥珀の液体を喉に流し入れる。 
「特司付き、か。」 
随分と気に入られているようだ、と耳に届く音声に努めて客観的な感想で留める。 イヤホンを外すか否かを逡巡しながら、グラスの中の液体に視線を落とした。

戦況は少しずつ厳しいものになってきている。 
攻撃官の増員はこれ以上は見込めないだろう。 
そんな状況で、新人は良いものを連れて来てくれた。 
「これは実質、士官学校の実技最優秀者を2名、配属されたようなものだ」 
声に出して、ハリソンは自分の幸運を耳にも味わわせ、自分の幸運に酔いしれた。 

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