第2話「ハインツ」

「彼は?」

珍しい、自分以外で教師棟に入ってくる候補生を初めて見た。
自分の声色に、感情がはっきりと表れてしまったことに気付くが、構わずに教師の返答を待つ。
教師同士の離れた会釈が交わされる間、じっとその「彼」を見た。

「彼は、今日、セントラルから編入してきた特司……特殊前線指揮官の候補生だ」
「“前線で戦闘と指揮、制御を担い、第一防衛と第二防衛を架橋する指揮官”。サイマス出身はかなり少ないと」
「うん、しかも『この時期』だ……。学長が特に期待をかけてるらしい」

彼が、こちらを見ながら、教師の後を歩いて視界から消えていく。

「…過去にサイマスで最も優秀な成績を収めたのは制御官コース出身ではなく、特司コース出身との噂を聞いたことがあります」
「特司は、制御官・指揮官・攻撃官すべてのコースを網羅するから、他コースとの成績比較が難しい……私としては、ハインツ、君がサイマス史上で最も優秀だと確信しているがね」

ハインツは、短いスパンで事実上の飛び級を繰り返し、入学2年目で指揮官コースの必要な知識と技術を習得し終えた。
最初から同級生と話が合うこともなく、話す気もなく。

でも、彼とは、話してみたい。

数日後。

教師に頼んで、彼……「トラスト」のカリキュラムを手に入れた。彼は既にセントラルで特殊警備兵としての訓練を修了寸前で、最初に実技レベルを測るために第1学年から最終学年までの選出された攻撃官コースの候補生との練習試合が行われたようだった。

第1学年から第3学年までは、数十秒から数分で「彼」が圧勝に終わったため、最終学年の対戦相手は、サイマス側もプライドを賭けたか、実技トップが選ばれ、さすがの技量差を前に敗退してはいたが、彼の強さは「名に恥じない」ものと評価を受けた。

サイマスへの編入初日に、学長が彼に与えた「新しい名前」は、過去、サイマスが最も勢力をふるった時期に最も優秀な成績を修め、「特別首席」として卒業した特司候補生トラスト・クヴァレ・ナインの名前だった。

いつ、どうやって話しかけようか。

自分には自由時間がいくらでもある。受講すべき授業を全てクリアしてしまったから。
ハインツには、すべてのコースのすべての学年の授業への聴講が認められている。
偶然を装って、彼の参加する授業に行ってみるか。

そんなことを考えながら、目当ての資料を探して図書室を歩いていたときだった……

目の前にいる。

図書室の、自分が歩いている通路のその先に、彼がいた。

話しかけたいが、最初にどう声をかけるのが良いか、逡巡しながらもペースを落とさず近づいていく。
彼がこちらに気付き、目が合った。

そうだ、この前、教師棟で見かけた、そう声をかけて…
「……これ、全然わからない」
「え?」

まさか挨拶もなしに、彼からこちらに話しかけてくるとは思ってもいなかった。
少し拗ねたような表情で彼がこちらを見上げてくる。
「ど、どれ?」
彼が開いている教科書を覗き込む。指揮官コース第1学年の科目だ。

「……教えようか?」
声が上擦る。自分が珍しく緊張しているのがわかった。
彼がこくんと頷き、それを見届けてから追加で提案する。

「ここは図書室だから……場所を変えよう」
「ん。じゃ、俺の部屋でいい?えーと、」
ごく自然体で彼は椅子の背にのけぞり、ハインツをつま先から頭まで一瞥してから小首をかしげる。少し癖のある柔らかそうな淡い金の髪が揺れた。

「ハインツ・テーザーだ」
ようやく訪れた自己紹介の機に、あわてて自分の胸に手を当て名乗る。
「俺はクライン・ニールセン。よろしく、ハインツ」

ごく自然に、笑顔で右手を差し伸べてくる彼……トラストとは名乗らなかったクラインの手をハインツは握り返した。

その30分後、ハインツはクラインの座学の成績の酷さに眩暈を覚えると同時に、自身の能力を最大限に使ってクラインを無事卒業まで導く決意をすることとなる。

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