その攻撃官候補生は、入学当初から人の目を引いた。
性格はいたって温厚、成績は中の上、それだけなら特に目立つこともない。
教師の一部は、彼の見た目から、彼の将来を予想した。
士官学校を卒業し、攻撃官となれば、彼は指揮官が率いる小隊に所属することとなる。
そして、彼は、おそらく指揮官の愛人役に就くだろうと。
「リガンド!」
「なに?」
クラスメイトに呼ばれて振り返る。少し伸びた前髪がまぶたをかすめた。そろそろ切らないといけないな。
「4年の先輩が呼んでる」
教室のドアの方をクラスメイトが指をさす。ありがとう、と答えてドアへと駆け寄る。
上級生に呼ばれることが少しずつ増えてきた。
練習を見てあげる、とか、勉強を見てあげる、とか。
リガンドにとっては、特に不都合もなく、先輩の誘いを断る理由もたいして思い浮かばず、上下関係もあって断らずに応じてきた。
そして、その日も。
遠からず、彼がそういった類の被害に遭うだろうと、一部の教師は予想していた。
小隊配属の際も、隊内で生じるであろうトラブルを懸念して配属を断る指揮官もいるだろうと。但しこれは、彼が無事に士官学校を卒業できた場合の話ではあるが。
「………ッ」
使われなくなった旧校舎の一室で、床に倒れたまま、埃の付いた服を手繰り寄せる。
相手は3つも学年が上で、しかも3人だ。自分が抵抗して、なんとかなる状況ではないことはすぐに分かったから、抵抗は諦めた。諦めたけれど、服はわざと乱暴に剥がされ、ところどころ破かれ、まともに着れる状態ではなかった。
消灯時間を過ぎてから、人目につかないように寮棟に戻るしかない……
シャツの裾を握りしめ、薄暗い部屋の床にたまった埃をぼんやり眺める。自分の目から涙が溢れるのが見えた。まぶたを閉じることで、揺れる視界を完全な暗闇に、変えた。
・
・
「ん?」
誰かいる。
特殊警備兵になる者は皆、鋭い勘を備えている。生きているもの、そうでない何か、その「存在」を推知する勘だ。
クラインの場合、特殊警備兵ではなく、特殊前線指揮官……の候補生に変更となったわけだが、勘の良さを、彼もまた同様に備えていた。
ここって、今は使われてない施設だから生徒は立入り禁止だろ?
じゃあ自分はどうなんだと誰かに聞かれたところで彼は気にせず「なんとなく、気分で入った」と答えるだけだが。
少し集中して気配を探る。
立入り禁止のところに入り浸る奴にろくなのはいない……あんまり。俺みたいなのもいるけど。
気配を探っても嫌な感じがしないので、クラインは警戒を少し緩めて、気配のする方へ進んで、ドアを開けた。
あぁ……なんか、めんどくさいやつかな
部屋の奥に倒れている生徒が1名。
死んでないのはこの距離でも自分はわかる。近づいてしゃがみこみ、衣服の乱れに気付く。
「……エリート学校でも、こういうのはあるのか」
まぁ、どこでもあることか、と呟いて、怪我の有無を確かめる。左手首にぶつけたような跡があるだけで、あとは…中の出血くらいか。
廊下までひきずり出しておけば、警備員が巡回で見つけて保健室にでも運ぶだろう。
あとのことは俺の知ったこっちゃない。
編入翌日から連日、山のように出される課題に、ハインツの助けがあるとはいえ、ブチ切れそうになってクラインは気分転換に夜の散歩に出てきたわけだ。
厄介事はごめんだ。
そう思いながらも、生徒の顔を何度か見て、クラインは彼を背負った。
「顔が好み……」
ただそれだけの理由で。