第4話「作戦」

「……」
眠りから自然に目を覚ますように、目を開いた。

ベッド……広い…

近くで、紙に文字を書く音が聞こえる、そして、その音が止まる。かた…と、おそらく、ペンを置く音。続いて、椅子から立ち上がり、歩いて…

「目が覚めた?」

部屋は暗く、灯りは机の上のライトだけで。
そのライトを背に、ベッドの傍に少年が立っていた。自分より一回り背の高い、いくつか年上の、ゆるやかにウェーブがかかった金の髪の。

「……はい」
起き上がるときに、左手首に小さな痛みが走った。
「もう夜遅いから、寮棟に帰るのは明日の朝にした方がいい。警備員に見つかると面倒だから。ここは教師棟で、寮棟は遠いし」
「教師棟?!」

教師棟は、自分たちが使う寮棟や教育棟から離れたところにある。用事をいいつけられて近づくことはあるけど、それも滅多にない。

「うん。もうちょっと奥に寄って」
「え」
少年はベッドに腰掛けながら、リガンドを軽く押す。

「俺ももう寝るから。課題終わってないけど」
「あ……はい」
あわてて、端に寄る。自分が着ているシャツが、少し大きく、自分のものではないことに気付く。

「あの、」
少年は背を向けて机に腕を伸ばし、ライトを消して、勢いよくベッドにもぐりこんだ。
「おやすみ」
「…はい」
有無を言わせず、といった態度の少年が被る毛布に、巻き込まれる形でリガンドは頭から毛布に覆われた。返事をしてから毛布を少し下げて、少年の方を見る。
一瞬で眠りに就いたのか、もう話をするつもりがないのか、少年はこちらに背を向けて何も話さない。

暗闇の天井を見ながら何かを思い出しそうになって、強く目を閉じた。おやすみ、と口に出さずに自分に言って、言い聞かせて、リガンドは再び眠りに落ちていった。

「おはよう」
今度は、自然に目が覚めたのか、声に起こされたのか、分からなかった。
少年が自分の顔を覗き込むように体を折り曲げ、ベッドサイドで立っている。
「…おはようございます」
「今、寮棟に戻れば、多分、誰にも見つからない。あとこれ」
起き上がり、ベッドから降りたリガンドに、少年が紙袋を突き出す。

紙袋を受け取って中を見て、思い出したくなくてもあれが現実だったと思い出す。左手首が痛んだ。

「もう捨てるだけだろうけど、俺の部屋で捨てるのもまずいし、持って行って」
「……はい」
声が掠れた。うつむくと、また涙がこぼれそうになる。

「ありがとうございました」

多分、いや、間違いなく、彼は自分を助けてくれた。自分を見つけて、部屋に運び、服を着替えさせて。

「……早く行った方がいい。左手首、保健室で診てもらえよ」
「はい」
促されて部屋を出る。もう一度礼をして、ドアを閉めた。
見上げると、部屋の番号の傍にネームプレートが差し込まれている。

「……トラスト・クライン・ニールセン」
名前を小さく読み上げて、周囲を見渡して部屋の場所を覚える。
名前を直接尋ねることはなんとなく気後れがした。
厄介事とあまり関わりたくないと思われているかも知れない、そう思ったから。
窓の外に、遠く離れた寮棟を確認して、リガンドは足早に歩き始めた。

「リガンド・グラン、攻撃官コース第1学年3組」
閉まったドアを見て、覚えた名前を声に出してみる。
名前を聞かなくても、昨晩脱がせたシャツのタグに綺麗な字で書かれてあった。
攻撃官コース1年の3組はちょうど今日、実技で参加するクラスだ。
ぺらぺらと自己紹介するよりも、敢えて黙っておいた方が相手はこちらに興味を持つものだ。

それに、噛みそうな自分のコース名を言いながら名乗るより、特別参加で教師に紹介された方がいい。

ついでに言えば、そもそも自分が何になるのかも、クラインはよくわかってなかった。

ハインツには、いやに熱っぽく語られたが、ピンとこない。

「要は『戦う指揮官』なんだ」

ハインツの説明で、それだけはわかったが、自分がなる予定だった特警…が所属する第一防衛は、攻撃対象と感知するや攻撃で、後から登場してごちゃごちゃする第二防衛のことを、クラインはほとんど知らなかった(セントラルの授業で一通り説明を受けたが忘れてしまった)。

『第一防衛と第二防衛を架橋して総力戦に導く指揮官』など、ちょっと想像が追いつかない。

「なんでもいいや、今日の授業でまた会うだろうから」

服も貸したし。

落ち着いてゆっくり話す機会は、向こうからやってくる。

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