第6話「バディ」

思ったより早く来た。

一日の授業を終え、山盛り課題を始めるのは少し先送りにして、クラインがベッドで転がっていると、ドアがノックされた。
リガンドが、今朝よりもかしこまって、紙袋を両手で持って「ありがとうございました」と差し出してくる。左手首には包帯が巻かれていた。

「保健室行ったんだな」
「あ、これもありがとうございます…」
「そんな話し方しなくていい、肩凝るから。年もあんまり変わらないだろ。士官学校は上下関係とかうるさすぎる」

セントラルでは年齢も強さも関係なく、全員タメ口だ。敬語を喋れと言ったところでまともに話せる奴はほとんどいない。

逆効果だったのか、委縮したリガンドを横目に、どう切りだすかと考えながら、紙袋を受け取って中のシャツを取り出す。
返す前に洗濯しただろうシャツは綺麗にアイロンがけされて几帳面に畳まれていた。

「うわっ、アイロン綺麗だな……!」
「えっ、はい、アイロンがけは得意…だから」

「………本当に、昨晩はありがとうございました」
泣き出しそうな声で、頭を深々と下げてくる。綺麗なブロンドの髪がさらさらと流れた。

「相手、誰?」
ベッドに腰をおろし、俯いたままのリガンドを見上げる形で尋ねる。

「……4年。3人」
「…」
3人相手かぁ…きっついなぁ…とぼんやり思う。
「こ、怖くて…俺、弱いし……」
涙が床に落ちる。
「あなたみたいに、強くなりたい……」

「リガンドは弱くない。俺と同じ位、強くなるよ」
「…え」
話しながら、確信していた。

──そんな能力は、ないわけではないから。

「俺はここで攻撃官の戦い方も学ばなきゃいけない。リガンドの戦い方は型に忠実だから、見本にしやすい。最終学年のを見て真似るには段階を飛ばし過ぎてるし」
リガンドの目元にたまっていた涙が、まばたきで落下する。
「自主練の相手(バディ)を探してたんだ」

右手を差し伸べる。
「よろしく、リガンド」
その手は握り返される。
「よろしく…お願いします……!」

後にサイマス最強タッグと呼ばれ、カルキノス戦でも活躍する、
クラインとリガンドのバディ成立の瞬間だった。

「あ、ねぇ、ほんとに普通に話して?あと、俺のことはクラインでいいから」
「えっ、あ、……うん。あの、名前はトラストって…」
部屋のネームプレートと、教師の紹介を思い出す。
「あれは学長が勝手にくっつけた名前。好きじゃない」
クラインが傍の枕にボスンと拳を下ろす。

学長と聞いて、リガンドは思わず萎縮する。
教師という存在も、候補生にとっては仰ぎ見るような存在だ。
その教えの裾に潜り込み、学びとる……生き残る。
学長は教師を束ねる存在、ある種、サイマスそのもの。

「どうぞ」
ドアノックが聞こえて、クラインが応じる。
ドアが開き、クラインにつられてリガンドもドアの方向を見る。

「ハインツ、紹介するよ、俺のバディのリガンド!」
部屋に入ってきたハインツがリガンドに気付くと、クラインがリガンドを紹介した。
「バディ?」
ハインツは少し眉をひそめて、リガンドを一瞥してすぐに視界から追い出してクラインだけを見た。
「実技の自主練相手が欲しかったんだ。あ、リガンド、紹介する…」

リガンドが横で固まっていることに気付く。
「リガンド?」
「……知ってる」
「友達?」
懸命に首を横に振る。
「有名だから……5年制の指揮官コースで史上初の、2年で単位オールクリアした天才…」
ハインツが再びリガンドを視界に入れる。

「ハインツ・テーザーだ」
「攻撃官コース第1学年のリガンド・グランです…」

威圧でしかないハインツの名乗り上げに、リガンドは頭を下げたまま自己紹介をする。
上下関係に厳しい士官学校ではよくある風景。
そんなハインツとリガンドの間でベッドに腰掛けるクラインは、2人を順番に見上げて、両腕を伸ばす。
そして、2人を無理やり握手させた。

「じゃ、3人で飯行こうか。敬語は無しで」

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