クラインに勉強を教え始めて一月ほど経った頃のことだった。
「昨晩、候補生を拾ったんだ」
「拾った?」
「うん。使われてないあっちの建物で、倒れてたんだ。レイプされて」
「ふぅん」
レイプ……さらっと言ったな、と表情を変えずにハインツはひとまず相槌をうつ。 窓の外から朝陽がさしこむ、明るい部屋で。
「廊下まで引きずり出して、警備員に見つけさせればいいかなーって思ったんだけど」
クラインがペンでグリグリと単語を書く。クラインは専門用語のスペルもなかなか覚えられない。
「けど?」
「好みだったから。顔が。俺、基本的には女の子の方が好きだけど、あぁいう顔は男でもアリなんだよな~」
どういう顔だろう
少しだけ気にはなったが、自分がそういう顔ではないことは変わりないのだがら、気にしたところで意味はないと数秒で疑問を切り捨てる。
「相手は3人だって、上の学年の。士官学校でもそういうことあるんだな~って思った」
「…セントラルでもあるのか?」
「わりとね。あんまり無茶なやり方は他の奴から制裁食らうけど」
セントラルは、一般兵が訓練を受ける学校だ。
士官学校サイマスと比べると、たいした試験もなく、一通りの訓練さえ受ければ卒業できる……
「……クラインは?」
こんな時間帯に、しかも勉強を教えながらする質問ではないのはわかっていた。 けれど、流れに沿って安易に聞けそうな雰囲気だったから、尋ねた。
「俺?俺はそんなに嫌な目には遭わなかったな」
ノートから目を離し、まっすぐこちらの目を見て答えられ、不意打ちに動揺が走る。 何かを見透かされた、その目でそう感じた。
詳しく尋ねればそれもたやすく答えてくれそうな態度で、クラインは再び視線をノートに戻す。
いや、多分、図書室で会ったときに既に見透かされてるんだ。
ハインツは、一瞬だけ天井を仰ぎ見て、目を閉じた。
わずかに上昇した心拍数を一息で抑え込む。
続きは、もう少し親しくなってから尋ねよう。