第13話「使羽」

自分と、三人しか居ない筈の建物で、突然ドアが開けられようとして、辛うじて錆びた鍵がそれを食い止めた。
背筋がゾッとした。

三人に寄ってたかって犯されるのも嫌だけど、今の状態を誰かに見られるのも嫌だ。

一人がリガンドの口を押さえ、挿れられていたものが抜かれる。
「……ッ」
羽交い絞めにされた状態で、部屋の奥へと引きずられる。できるだけ音を立てないように。

「……いるのか?」
ドア越しの、聞き慣れた声に涙がこぼれた。

でも、ダメだ。

一人が、室内にある椅子に手を伸ばす。ガタ…と僅かに音が鳴る。その瞬間、ドアが勢いよく蹴破られた。

口を押さえる手を振りほどいて叫ぶ
「逃げて…!こいつら攻撃官コースの4年だ!」

速かった。

クラインが、椅子を振り降ろそうとした一人の後ろに一瞬で回り込み、椅子の足を掴んで椅子ごと床に叩きつける。 座面の板が破片になって散った。

「それがどうした……指揮官に強化されてもいない攻撃官が、『特警』に勝てるとでも?」

クラインと実技の自主訓練はしていても、リガンドはまだクラインの全力を見たことはなかった。

クラインは特警としての訓練はほぼ終了していて、編入時の実力テスト…攻撃官コースの第1学年から第3学年までの選出者との「一対一の試合」では一瞬で圧勝し、攻撃官候補生はまるで歯が立たなかったと聞いている。
それで、教師たちはサイマスのプライドを賭けてか、第4学年との練習試合では、実技最優秀者と対峙させ、クラインは惜敗したと……。

今ここにいる3人は、実技最優秀者とどれくらいの実力差があるのかは知らない。

でも、3人だ。

複数人と対峙する戦い方は、一対一とは大きく異なる。

もし、クラインが怪我をするようなことがあったら……

再び羽交い絞めされ、身動きが取れないまま、リガンドの視界が涙で滲む。それを絞り落とすために、リガンドは一度強く目を閉じた。

ちょうどその時、すっと空気が変わった。

攻撃官は、「指揮官の言葉」に服従する性質を持つ。
それは候補生であっても同じで、リガンドだけでなく4年の3人も、一様に教室の天井を見上げた。

「 停まれ 」

浮遊する『使羽』。

その形は、光を湛えたゆるやかな弧が両翼を備えたもの。
受信者の脳に直接情報を伝達するもの。

教科書で見たことがある。指揮官は、使羽を産み出し、攻撃官に下命する。

使羽は両翼をたたえ、ゆっくりと教室を旋回し、ドアから一人の影が差す。

「そこまでだ。警備を呼んだ。処分を受けたくないならさっさとこの場を離れろ」

その命令に、3人が瞬時に目配せして、腕で顔を隠してハインツの横を駆け抜けていった。

「……えっ、何?どういうこと?」
教室の中央で取り残されたクラインが拍子抜けしたような声を上げる。
「どうもこうも、ここで喧嘩でもする気か。怪我したらどうするんだ…」
ため息交じりで使羽を消し、ハインツが教室を覗き込んでクラインと視線を合わせる。
「え~、もう怪我させたかも、さっきわりと加減なしでぶっ飛ばしたし…」
「あいつらのことはどうでもいい。警備が来る前に離れるぞ、面倒だ」
「あ~ほんとに呼んだんだ?」
「呼ばなくてもあれだけ派手な音を立てれば来るだろう」

ハインツはドアの傍で警戒を保ち、クラインだけが自分に向って歩いてくる。
上着を脱ぎながら。そしてそれを自分にかけて。

「行こう」

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