第15話 名前

「あの3人、一度シメめたい」
「……クライン、次の問題解いて」
「解いたらシメに行ってきていい?」
「……ダメだ」
「…リガンド、あいつらの名前教えて」
「………。」
「……次の問題、」
「ああああああああ!」 

夜の10時半。 

リガンドも座学の課題があったため、クラインの部屋で椅子を並べて黙々と課題をこなしていた。 

「クライン、セントラルではそのやり方だったかもしれないが、サイマスではまずい」
「でもハインツ、原因を遠ざけるって言ったろ、俺があいつらぶっとばしてビビらせたら、遠ざけることできるだろ」 

黙々と… 

「あの、」 

たまらずリガンドが口を開く。
助け出されただけでなく、クラインにはシャワー室で体の隅々まで洗われるわ、怪我(といっても擦り傷程度)をハインツに一つ残らず消毒されるわで、もうこの2人に頭など上がるはずもなかったが。 

「あいつらの名前教えてくれる?!」
「リガンドは課題を済ませて早く寝ろ!」
「……」 

再び口を閉ざす。 

「ハーイーンーツ!!!」
「ダーメーだ!リガンド、3人の名前は明日、俺にだけ教えろ」
「えええええ~俺は?」
「俺がちゃんと場を用意する、それでいいな?クライン」
「ほんとに~?」
「俺がクラインに嘘ついたことあるか?」
「…ない。かな~…たぶん」
「ないだろ?!」 

ハインツが悲壮を声に載せる。クラインが少し楽しそうに笑う。
リガンドは、用語集をめくりながら、再び黙々と課題に専念した。黙々と。 


ハインツ・テーザーは、ほとんどすべてのサイマス在校生に、その名と顔を知られている。 

 通常、同じコースの成績優秀者などの情報は話題に上るが、コースを超えて噂が届くことはあまりない。
指揮官は指揮官、攻撃官は攻撃官だ。 

序列が厳しい軍の世界で、攻撃官コースの候補生は、未来の上官である指揮官や制御官コースの候補生と気軽に話すことなど、ほとんどなかった。  

「……ハインツ?」
「ちょっといいか」 

 5年制コースの単位を2年弱でオールクリア、
卒業までの年数を自主研究に費やし、教師と対等に近い立場で日常的に教師と質疑を繰り返している。
既に指揮官然とした風格さえあり、その端正な容貌からはカリスマ性すら感じられた。  

そんなハインツが、1年の攻撃官候補生に廊下(のど真ん中)で声をかけたら…… 

目立つ。 

 すぐ近くの喫茶室に入った。 

空いている席なら、どこでも誰でも座っていいことにはなっているが、 暗黙の了解で、奥の席は上級生が歓談する際によく使われているから、下級生は近寄らない。
数席空けて、手前に座るようになっている。 

奥の席に座ったハインツとリガンドを、遠巻きに複数の候補生が目を逸らしつつも視界に入れているのを感じながら、リガンドが切り出した。 

「ど、どうしたの…?」 

居心地が悪い。とても。 

注目に気付いてはいるだろう、ハインツが視線だけ僅かに動かして紅茶の入ったカップを手に取る。口は付けず、ただ、口元にカップを近づけたまま、静かに、カップの影で 

「……名前」
「あ、ぁぁ」 

だから、クラインの部屋ではなく、ここなんだ。
一人で納得する。
クラインが先にあいつらの名前を知ったら、シメに行っちゃうかもしれないから。  

ハインツが音を立てずに指でテーブルを軽く二度叩いて、なぞる。
「え」
ハインツが一口、紅茶を飲んだ。
「そちらの向きでいい」
そう言ってから、カップを口元から離す。 

ハインツが野次馬に言葉を読み取られないようカップで口元を隠していたことに気付いて、リガンドもそれに倣い、カップを持った手で僅かに死角を作り、テーブルに置いた手の、指だけを滑らせる。 

三人分の名前のスペルを書き終えて、ハインツを見ると、ハインツは軽く頷いた。  

どうするつもりなのかは気になったが、今は尋ねても答えてくれないような雰囲気だし、 

何より 

目立つ。 

居心地の悪さに、リガンドはひたすらクラインの授業が終わる時間を待った。 

>>第16話へ

各話一覧へ戻る