第20話「情報共有」

「昨日、リガンドと寝た」 

 時刻は午前の10時過ぎ。
26分、集中がもったな、とハインツは壁の時計を見た。
クラインのカリキュラムの空き時間に、ハインツが勉強を教え始めて数か月が経った。
最初、集中力は5分と保たなかった。
それを思えば少しずつ良くなってきている。 

クラインも、勉強しなければならないのは承知していて、集中力が切れるとすぐに勉強に関係のない、たわい無い会話をし始めるが、しばらくすれば…ハインツが頃合いを見て促せば……勉強に戻る。  

「そうか」
話題には特に感動もなく、ハインツは淡々と相槌をうつ。
「えー…反応薄い」
ゴツンと音を立て、机に頭を預けてクラインがこちらを覗き込んでくる。
少し癖のある髪が柔らかく揺れるのを、触れてみたいと思う。
触れたら、触れようとしたら、逃げられるだろうか。 

「顔が気に行って連れてきたんだろう?遅かれ早かれ、そうなるだろうと思ってた」
クラインが少し目を丸くしてから、細める。
「まぁね。でも、それだけじゃなくて」
クラインが起き上がって、大きく伸びをする。
「思い出したんだ、セントラルのやり方」
クラインが話すのを聞きながら、リガンドの顔が浮かぶ。
まさか昨晩のことをその翌朝、クラインが自分に話すとは思っていないだろう。
クラインはおそらく、ほとんどすべての出来事を自分に話している。
この士官学校で、気楽に話ができる相手が自分しかいないからか、それとも元から何でも話してしまう性格なのか。
そして、今後、リガンドが話し相手に新しく加わったことで、クラインは、自分と過ごしている時間に起きたこと、思ったことをリガンドに話すのか。 

もしそうなら、リガンドから聞き出さないとな、と思う。 クラインに関わる情報は、できるだけ手に入れたい。  

クラインが一通り話し終えたタイミングで、ハインツはノートを指し示した。 

「クライン、次の問題解いて」 


・ 

「昨晩のことは聞いた」
喫茶室のいつもの席で、天気の話でもするかのように、ハインツが話し始めた。 

昨晩? 

オウム返しを声に出しかけて、リガンドは思い留まる。  

思い当たることは……ある
「……!」
思わず俯いた。
ハインツが少しだけ表情を見せるのが俯く前に見えた。なんだか、愉快そうな。
数秒の猶予の後、再びハインツが口を開く。 

「……クラインが俺に話したってこと、お前に言わない方が良かったか?」
「え……あ、ううん。言ってくれた方が……」 

知らぬが仏……そういう言葉もあるけど、クラインがあっさりとハインツに話してしまってるのを知らずに、自分だけ隠そうとするのは随分な間抜けだ…  

「クラインは何でも俺に話すから」
「……そうだろうね」
まさか、こういうことまで話すとは、ちょっと思ってもいなかったけど。 

「リガンドも話せばいい、考えていることは大体わかるが。お互い何でも話した方が早い」
「う、うん、そうする……」 

俯いたままの視界の端で、ハインツが満足げに頷くのが見えた気がした。

 

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