第21話「制止」

クラインのカリキュラムが印字された紙を手に、ハインツは教師室を出た。
「………」
一つの考えが、クラインの希望とは別に、その行動を進める要因となった。

クラインの部屋のドアを軽くノックする。
合図を送らずとも、既にこちらが近付いていることにクラインは気付いているから、ごく軽く。
「クライン、」
部屋に入り、呼びかけながら室内を一瞥する。時間帯を考えれば今此処にリガンドがいる筈は無いのだが、念のため。 

「リガンドはいないよ?」
自分の、ほんの一瞬の目の動きをクラインが読み取る。それもごく自然に。そういう資質に恵まれているのだろう。
「あぁ、リガンドがいないときに話そうと思って」
「何?」
クラインは今は気楽に何でも話すが、将来的には「話してはならない情報」を多く抱えることになる。特警に就くのとは比較にならないほどに。

立場が上であるほど、部下に渡す情報を取捨選択しなければならない。
特殊前線指揮官は、防衛軍の中で最高位だ。 

敢えて一呼吸置いてから口を開く。
クラインの目の前にカリキュラム表を置いて、該当箇所を指で示す。 

「約束していた『三人との対戦日』だ」
「やった!」
一拍置いて、クラインが元気よく喜ぶ。 

「でも何で?リガンドに内緒にする必要ある?」
「今のリガンドに話す必要があるか?あの3人に関することを?」
「あー……今は思い出させない方が、リガンドにとっては……いい?」
「と、思うが?」 

クラインが、ん~と頭を傾け、しばらく唸る。
「わかった、喋らない。でも、」
「リガンドには、俺が機を見て話す」
「ならよかった、全部隠すのもおかしいし。じゃあ、ハインツに任せるよ」
信頼を得ていることに密かに喜びを噛みしめ、そしてすぐに頭を切り替える。
「攻撃官がチームを組んで攻撃するパターンはもう大丈夫か?」 

この対戦に向けて、ハインツはクラインに攻撃官コースの戦術に関する座学を集中講義してきた。
普段、指揮官や制御官の座学はめんどくさそうな顔をするクラインが、戦闘関連となると途端に前向きになったことには少し驚いていた。 

理解が早い……というよりは、センスがあると言うべきか。
クラインが『戦う指揮官』だからか。 

「うん、大丈夫。大体わかった。特警より随分合理的に戦う、自分たちの身体能力を考えて効率を最優先する戦い方だ。こちらもちゃんと考えて、相手の行動を読みながらやるよ」 

クラインに勉強を教え始めて3ヶ月ほど経った。
「何も考えず速さと力でぶったたく!」そんなスタイルだったクラインの、その成長ぶりに、ハインツは自己満足に浸る。
……まだ、作戦指示に必要な略記や暗号の教科書は10分の1も進んでいないのだけれども。  


そして対戦……練習試合の日。
ハインツも教師と並び、様子を見る。 

「確かめたいことがあります」
ハインツはそう言って、今回の3対1の練習試合を教師に提案した。 

スムーズに練習試合が開始される。
3人が教師に指名され、それぞれが立ちあがる際、彼らの動揺は見て取れた。
それはそうだろう、あの日、ドアを蹴破って現れたクラインが特司候補生で、3人セットで練習試合の相手に選ばれた。
加えて、自分……ハインツ・テーザーが教師と並んでそれを見ているわけだ。
自分たちがしたことについて、後で何らかの処分が待っているのか、この練習試合は何なのか、普通は勘ぐる。
だが、これは授業中で、他の候補生も見ている練習試合という場。彼らはこの練習試合で最善を尽くすだろう。 

第4学年…最終学年ともなれば、複数で組んで攻撃対象を集中攻撃する手法は習得済だ。
それでも、単一の実力差が大きいのだろう、クラインは3対1なのに1対1くらいの構えで、対応している。できている。
典型的なパターンの陣形で、後ろに回り込んだ1人を難なく払ってから、正面、右前方の2人へと加速のために一瞬背を落とす…
 

「…ッ!」
「『止め』!!!」 

ハインツが思わず身を乗り出したのと、教師が試合の終了を宣言するのはほぼ同時だった。
終了の宣言に、クラインも瞬時に従う。
振りかざした練習用サーベルの切っ先が「寸前」の位置で止まった。  

クラインもまだ候補生で、教師の『声』は絶対的。 

教師が命令の『声』を出すことは滅多にない。試合を観戦していた候補生にも静かな動揺が広まる。  

3人を相手に難なく応戦していたクラインが、突然、そのスピードと込める力の量を増大させた。それに気付いた順としては、ハインツより教師が速かったのだろう、おそらく増大の気配の段階で、教師は気付き、制止の命令を下した。 

制止した教師が、その顔を隠すベールの中で安堵の溜息をもらすのをハインツは音に聞く。  

練習用サーベルは特殊な素材でできており、候補生が負傷しないよう、一定以上の負荷がかかると物質崩壊を起こす。が、その崩壊を上回る速さで貫けば当然、物質のまま、候補生の体を貫くこととなる。
先程の、クラインの加速は、崩壊を上回る速さだった。 

クラインが『声』で強制的に止められ自失し、数秒後に気を戻すのを見届けてから、ハインツも人知れず安堵の息をもらした。 

「ハインツ、これは…」
「後日明らかになるかと」 

教師の問いかけに、ハインツは静かに背を向けて歩き出す。 

選別試験は、来月。 

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