第25話「実験」

「試したいことがあるから協力してほしい」
「え、何?」 

ハインツに呼び出され、リガンドが連れてこられたのは実技訓練場だった。 

「ここに並んだ攻撃対象を順番に斬り落として、そのタイムを計る」
ハインツは教師室から貸与を受けた鍵束を使って、訓練設備の1つを起動した。
「うわ、初めて見た……でも、これ3年から使う設備じゃない?真剣使ってやる訓練で……」
「そうだな、物質崩壊因子『パーフォリン』を刃に宿らせて対象を素早く連続で斬る訓練だ」
棚から取り出したサーベルを一振り、ハインツはリガンドに差し出す。
「へ?」
「許可はとってある」
言うが早いか、ハインツが攻撃許可の使羽を産生し、鞘に落とし込む。
「え、」
「抜け」
リガンドは咄嗟に教科書で読んだ内容を思い出した。
攻撃官は、指揮官の許可が出て初めて抜刀することができる。
指揮官クラスからの攻撃許可が出されることで鞘が消滅する…… 

たしか、作法としては、手を鞘に触れ、払うようにその表面を撫でる… 

鞘が手の動きに合わせて消失していく。刀身が現れ、室内の照明を静かに反射した。
「わ……」
初めて見た真剣に、少なからず興奮と緊張を覚える。
続けざまにハインツが刀身に手を掲げ、強化の使羽を産生し、刃はうっすらと光を帯びた。 

「パーフォリンを出す訓練は始まっているだろう?それを刃に集中させろ、そして斬れ」
「その、刃に集中させるのはまだやったことないんだけど……」
「パーフォリンをうまく刃に載せられなくとも、刃自体で斬ることもできるからそれでもいい」 

言い訳は聞いてくれないらしい。リガンドは早々に諦めて、サーベルを構え、開始の合図とともに走り込む。
攻撃対象の硬度はレベル1、崩壊因子をうまく刃に載せることができれば、素振りに近い感覚で斬ることができる。けれど、自分はそうはいかないだろうと衝撃に備えて斬りかかる。
刃が、対象に触れた瞬間、崩壊因子を出力する。 

サーベルを持つ手に多少の衝撃は来たが、思ったよりスムーズに刃は対象を斬り、すり抜けた。少しできた!と達成感を覚えるけれども、次の対象が近い、気持ちを切り替え、姿勢を整えながら斬りかかり、刃と対象が接触する一点を探る。自分はまだ刀身全体に因子を載せるほども出力できない。 

だったら、刃と対象が触れる部分に集中して……  

少し離れたところから、ハインツはリガンドの集中の深さを観察していた。
片手にストップウォッチは持って一応計測はしているが、こんなものは小道具に過ぎない。 練習用のサーベルではなく真剣を出してきたのも。 

これらはすべて、リガンドの緊張感と集中力を高めるためだ。 

最も集中力が高まった瞬間を狙い、ハインツも集中する。 

 「『止め』!」
「……ッ!」 

 リガンドの動きが止まった。あのとき、教師の声に強制的に制止を受けたクラインのように、強制的な一時停止だ。数秒の間を置いて、リガンドが床に膝をつく。 

ハインツは少し長めに息を吐き、自身の緊張を解く。 

『指揮官の声』を、攻撃官に、その意思に反する強制型で使うのはハインツも初めてだった。 

部下である攻撃官たちは指揮官に従順な性質を持つが、僅かな命令違反でも大事に至りかねない戦場では、指揮官の『声』は、指揮官に生来的に備わる…また、求められる能力だ。
指示型は、さほども力を使わない。命じる意志さえあれば、告げることができる。 先日の3人に対する『停まれ』も指示型だった。 

これに対し、強制型は、攻撃官の強い意志に反する命令を強いることができるため、指揮官もその力の消費が増す。 

それは知ってはいたが……指揮官コースの実技でも、強制型を試すようなカリキュラムが存在しないだけに、文字として知っていたに留まる。 

あのときクラインを止めた教師が溜息をもらした理由がよくわかった。 

おそらく、攻撃官の意志の強さと、命令の声が衝突するのだろう、声を出した瞬間、いや、声を出すこと自体にハインツはインパクトを覚えた。 

リガンドの集中力の高さがこちらに跳ね返ってきたのだろう。 

実戦に出て、命令に抗う攻撃官を抑えるときは、こちらもある程度構えてから実行すべきだな… 

そう結論づけて、放心しているリガンドに歩み寄りながら、サーベルに使羽を送って鞘を復元する。
リガンドの肩に手を置き、顔を見て、一瞬、かける言葉に迷う。 

「………大丈夫か?」
「……え、へ?」
リガンドがこちらを見て、まばたきをする。膝をついていたのが、脱力してがくんと後ろに崩れ、尻もちに変わる。 

「すまない、試したかったのはこれなんだ。強い集中を指揮官の『声』で中断させたときに、対象者にどういう影響が出るか……」
「……」
まだ少しぼんやりした表情でこちらをじっと見つめ返してくるリガンドに、少し罪悪感を覚える。尻もちをついたままのリガンドに並んで、自身も床に腰を下ろした。
「…今、どういう気分だ?眩暈とかはあるか?」
「あ……えぇ、っと、それは大丈夫、寝てるとこを突然起こされたみたいな…」 

やはり、多少の混乱が生じるのか。 

「声が聞こえたときや、その前後はどういった感じだった?」
「やめって言われて……それだけになった…感じ。真っ白になって、それだけが自分のすべきこと、みたいに…なったかな……」
「そうか、ありがとう」 

なんとなく、肩に置いた手をずらし、背を数回撫でる。 

「指揮官の『声』には2種類あって……この前使ったのは指示型、さっき使ったのは強制型だ。即時に従わせたい場合は強制型を使う」 

求められたわけでもないのに説明を述べる。なんとなく、間をもたせる気持ちで。 

「…………へぇ…この前のは、すっと頭に入ってくる感じで……さっきのは頭が真っ白になって思考が支配された感じになったんだけど、『声』の種類が違ったからなんだ」 

リガンドの返答が次第にまとまったものになる。意識状態が正常に戻ったことに安堵した。
「そういうことだろうな」
「……じゃあ、あのときのは指示型と強制型の中間かな」
「あのとき?」
「…あ、」 

聞き返すと、リガンドが身体を丸めて膝に顔をうずめる。 

「……その、クラインが、俺に、」
「クラインが?」
「…ちょっと、俺がパニックになってるとき、クラインが、恐れるべきかどうかを本質で『判断』しろって、多分、あれ、指揮官の『声』だろうな…って」 

リガンドがそれ以上の詳細を話さず黙ってしまったので、どういう状況でクラインがリガンドに声を使ったのかは容易に知れた。 

「あぁ…そうだな、多分、『声』を使ったんだろう」 

クラインはまだ指揮官の『声』のことは教科書で読んだだけだ。なのに使えたのか。指揮官なんて絶対無理だと文句を言いながらも、やはりクラインはその資質を備えている。 

「リガンド…」
「ん?」
実技場の床に2人で座り込んだまま、ハインツは切り出した。
伝えたところでリガンドに利がある話題ではないが、なんとなく、話しておこうと思った。
「事後報告になるが、クラインが授業での対戦であの3人をぶっ飛ばした」
「……」
「それで何がどうなるわけでもないが」
本当に、どうなるわけでもない。リガンドにとっての解決にはなるわけではない。

「……ありがとう」
顔を見なくても声で、リガンドが少し笑ったのがわかった。
問題の解決にならなくても、多少の意義はあった。

そう、考えることにした。

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