第27話「不合格者」

教師室から出てきたハインツは、廊下で一度立ち止まった。 ある方向を見遣り、聞こえる筈もない音に、しばらくの間、耳を澄ませる。
そして再び歩き出し、ハインツはクラインの部屋に向かった。

「あれ?どうしたの?」
ノックはしたが、いつも通り応答は待たずにドアを開けた。
クラインもいつも通り、ハインツが入ってくるのをわかっていて、驚く様子もなく。 だがベッドサイドで…着替えの最中だった。

「あ、ご、ごめん」
「いいよ、別に。気にしない」
ハインツが慌てて後ろを向くのを、のんびりとした声が止める。
そろそろと振り返る。シャツを羽織ってボタンを留めながらクラインが近付いてくる。
「で、どうしたの?この時間は何か用事とか言ってなかった?」
「あ、あぁ、その用事が済んだから報告に来たんだ」
「報告?」
クラインが首を軽くかしげ、ふわりと髪が揺れる。
「例の3人だが、先日の選別試験で不合格となった」
特にこめる感情もなく、一息で話す。
「これで、あいつらが今後リガンドに接触する可能性はゼロになった」

そう、ゼロになった。

「ふぅ~ん……」
クラインが背を向けて、椅子にかけていた上着を手にとってゆっくり羽織る。
そして、ハインツに向き直ってから、後ろの机に軽く腰掛けた。目の奥で、暗いものが光る。

「やっぱり、そういう試験なんだ」

まるで死への恐れを嘲笑するかのような表情をクラインは浮かべた。
普段の、のんびりとした印象とは真逆の、まさに「生来の殺し屋」と評される特殊警備兵にふさわしい空気をまとって。
「気付いていたのか」
「ここに編入してきた日に気付いたよ。この学校は死の臭いに満ちてる……特に裏門」
死の気配にも鋭いのか……と、自分にはない能力を備えた存在を見つめる。
「あの試験室の『もう一つの出口』って裏門に繋がってる?」
「あぁ」
クラインが視線をずらし、ある方向を見遣る。裏門の方向だ。

候補生であるハインツはまだ、死に満ちた戦場を知らない。
それはクラインも同じである筈だが、大きく異なる何かを感じた。

死に対する感情……いや、『排除対象』への冷淡さか。
だからこそ……
「あの日の対戦で、クラインはあの3人に対して『排除行動』を取っただろう?」
「それ、前も言ったけど。あんま覚えてない」

あの日、授業が終わった後、クラインに話しかけると、対戦途中からのクラインの記憶が混濁していた。
「覚えていないのは、おそらく、教師の『声』による強制的な制止の影響だろうと思う」
ハインツはリガンドに指揮官の『声』を試したことを思い返す。
「クラインは無意識的に……本質で『排除対象』を見極めて攻撃行動を取ったんだ。だから俺は、あの3人は最終の選別試験で不合格になるだろう、もしならなければ……試験の欠陥だと提言するつもりで…」
「ね、リガンドにはどう伝えるの?」
いつの間にか、先程までの冷たい空気が消え失せて、いつもののんびりとした表情でクラインがこちらを覗き込んでくる。
「え、あぁ……」
「試験のことって、候補生は知らされてないんだろ?」
邪気無く。含むものもなく。
つまり、リガンドは……多くの候補生は、選別試験の不合格が自身の死に繋がることを知らない。知らない方がいいだろう、己の努力如何に関わらず、その生まれ持った性質で合否、生死が決まるということは。

「リガンドには全て話そうと思う」
クラインの表情に、わずかな警戒の色が浮かんだ。

そうだろう、そう思うだろう、……だが。

「学長のこと、サイマスのこと、一人で抱えるには重いだろう?」

 

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