第35話 写真

命令、というよりは許可だったのかもしれない

いつも通りクラインとの自主練を終えて、シャワーも食事も済ませて、座学の課題をこなした後で、リガンドはそんな考えが浮かんだ。
命令で禁止されなくとも、部下である攻撃官は、上官である指揮官にあれこれ気軽に尋ねたりはしない。 
だから、ハインツは、わざわざ指揮官の『声』を使って、許可を出した…? 
少し穿って考えると、許可を出すほどの理由がある…ってこと? 

「終わっ……た!」 
寝る準備のために着替えていると、後ろでクラインが歓声を上げた。 
ハインツの個別指導の甲斐あってか、最近は……10日に1日位の割合ではあるが、課題が早めに終わることがある。
「リガンド!もう寝るの?まだ寝ないよね?」 
「え、あぁ、まだ早いから」 
クラインに後ろから抱きつかれ揺さぶられながらリガンドは答えた。ドアの締まる音が聞こえて、ハインツが早々に部屋を出て行ったのを知る。
「よしっ、ごろごろしよう」 
「……ごろごろ?」 
クラインが部屋の奥にあるソファからクッションを掴んできて広いベッドに積んでいく。 
「はい!来て!」 
「?」 
呼ばれるままにベッドに上って、促されるままにクッションにもたれかかる。 
「セントラルではさぁ、こうやって皆で、夜、暇な時間にごろごろしてたんだよ」
「へぇ……そっか、セントラルでは個室がなくて雑魚寝だったんだっけ」
「ん。だからこういう感じの方がいい」 
積み上げたクッションをなぎ倒す様にクラインが広いベッドに寝そべり、天井を仰ぐ。 
「……ほんとに、突然、こんなところに連れて来られたから」 
「突然?」 
「そー!突然!ある日突然!朝練終わって廊下歩いてて突然!サイマスに編入が決まった、って言われて、そのまま連行!」 
仰向けのクラインが片手で掴んだクッションを、勢いよく天井に投げつける。 


「そのまま連行…」 
天井に衝突して自分の真横にドスンと落ちてきたクッションにリガンドは手を伸ばし、軽く叩いて膨らみを戻してやる。 
「そんとき一緒にいた奴らもポカーンだからな!わけ分かんないまま此処に連れてこられて、学長室連れていかれて、………」 
勢いよく喋っていたのが、ぱたっと止まる。 
顔をしかめてから身体を半転して、リガンドに背を向けて、別のクッションを引っ張りそこに顔をうずめる。
「……そのときに名前、つけられたの?一方的につけられたから……嫌い?」 

聞いた分だけ、巻き込まれる。 

ハインツの言葉が蘇る。 

今まで気にならなかった訳じゃない。 

トラストという名前をものすごく嫌ってること、教師や、学長のことも嫌ってること……単に気に食わないだけ、という感じではなさそうなこと。
「………」 
無言のまま、クラインが寝返りをうつようにこちらを向く。
こちらの目の奥まで覗き込むような、何かを見定めているような目で。

名前を嫌う理由を聞くだけで、何に巻き込まれるって言うんだろう。


しばらくして、ゆっくりとクラインが起き上がって、ベッドを下りた。

窓際の棚へと向かい、引出から何かを取り出し、リガンドに差し出す。
「写真…?」 
そこには2人の人物が並んでいた。 
1人は教師の外套を着ていて、もう1人は候補生……クラインに似た顔立ちの…誇らしげに満面の笑みを浮かべた、金色の髪の… 
「トラストは俺の名前じゃない」 
リガンドの横で、ボスンとクラインがベッドに倒れ込む。
リガンドは、写真の隅に書き込まれた文字を読みあげた。 
「……トラスト・クヴァレ・ナイン」
「特司コースで、特別首席だった。……学長のお気に入り」 
クッションに顔をうずめたまま、くぐもった声で。 
「ちょっと見た目が似てるからって。モウロクした爺が俺に同じ名前を付け足したんだよ」 

もしかしなくとも、トラストの隣に立つ壮年の男性は学長なのだろう。クラインが再び黙ったので、リガンドは写真から目を離し、クラインを見遣る。

「……クライン?」 

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