第37話 セントラル訓練校

★20190723訂正。登場人物の名前を「キール」から「キア」に訂正。
名前の由来であるKIR;Killer cell Immunoglobulin-like Receptorの読みを間違えてました……オォン、語学力ゥ。

あの日、卒業があと3ヶ月後に迫った時期だった。
早朝にセントラルの訓練場にいつものメンバーで集まって、威勢よく打ち合いをして汗を流していた。
2つのグループに分かれての対戦。
クラインが1つのグループのリーダを務め、もう1つのグループのリーダーはクラインと一番気の合うカール。
適当に決めたルールで、勝敗が決まり、勝ったグループが歓声を上げる。
勝ったのはいつも通り、クラインのグループだった。

「あぁ~、あともう少しだったんだけどな…!」
カールが悔しそうな声を上げる。
「実戦では申し分ないだろ、朝飯行こう」
「おう」 
建物と建物を繋ぐ2階通路を進む。階下からの視線に気付いて、クラインが手すりにもたれて軽く手を振った。 


「キアか」 
「ん」 
キアが2階への階段に向かって走り出したのを見て、クラインは姿勢を戻す。 
「顔が好みなんだ」 
「じゃあ、告れよ、モテ男」 
茶化すようにカールが大げさに腕を広げて空気を抱く。 
「ん~まだ早い、かな。顔はいいが、色気がない。ほら、俺って年上のお姉さん達に遊んでもらってるからさ」 
「はいはい」 
セントラル訓練兵のクライン・ニールセンは、特に美形でも何でもなかった。 
少しとぼけた顔に、ふわりと柔らかな癖の金の髪がのっかっていて、それは当人曰く「運よく」、訓練学校で退屈している年上の女子訓練兵たちに「かわいい」とウケがよかった。
「クライン・ニールセン、」 
雑談を割るように、教官の少し急いだ声が背後からかかる。 
「ん?」
「至急、指導室へ」 
クラインとカールが顔を合わせ、そのまま教官についていく形で……途中、キアも合流して、クライン達は指導室へとぞろぞろと向かった。 
呼ばれたのはクラインだけだから、カールとキアは指導室の前で待ち、2人は手持無沙汰に雑談などをする。 

密かに恋心を抱く相手と二人きりで話をできる機会に恵まれたカールとしては、ほんの一瞬で再びドアが…しかも素早く開かれ、幸福な時間の早すぎる終了を知ると同時に、神妙な顔つきのクラインと、見たことのない外套を羽織った大人たちが廊下を足早に歩きだすのを目撃した。 

「えっ、何?どうしたの?」 
追いかけようとするキアを、教官が腕で制する。 
「クライン・ニールセンは本日付でサイマス士官学校に編入が決まった」 
「は?士官学校?」 
カールが事態を飲み込めずに間抜けな声を上げたとき、キアが制止を振り切って走り出した。 
「クライン…!」 
すぐに教官に掴まって名前を呼んだ声に、押されるような形で離れていくクラインがこちらを振り返る。 
遠くて表情ははっきりとは見えなかった、が、少し呑気に、手をひらひらと振ったのは見えた。 
「そんな……」 
肩を落とすキアに手を添えていいのかわからないまま、カールが教官に食ってかかる。 
「どういうことなんですか?適性試験で俺達全員、特警だって言われて訓練受けてきたのに」 
「クライン・ニールセンは両方の資質を備えていたんだと」 
「…両方?」 
「特殊警備兵の能力と、指揮官とか制御官とかの…『士官』の能力。どちらも持っている。全軍を指揮する……なんだったかな?とりあえず士官学校へ急ぎ引き渡せってお達しだ。……まぁ、運がよけりゃ、戦場でまた会えるさ。お偉い指揮官になったクラインにな」 

・ 

・ 

「……って、教官は言ってたけど、クライン大丈夫かなぁ」 
しなやかに柔軟しながら、キアが呟く。
去年より少し伸びた金色の髪がさらさらと流れた。長く伸ばしてもきっと似合うだろうとカールは思うが、本人に伸ばすつもりはないらしい。
クラインは特に美形ではなかったが、彼に恋心を抱くその少女はとびきりの美形だった。 
色気がないと断じられた体も、あと数年もすれば女性らしい魅力を備えるだろう。 
横目でそんなことを考えながら、カールは彼女の望む、いつもの返答をする。 

「クラインなら大丈夫だろ」 
「そうだよね!」 
自分に向けられるとびきりの笑顔に、自身も元相棒の成長を期待しながら、カールは笑い返した。 

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