第38話 春

選別試験も卒業式も終わり、新年度が始まった。
一度目の選別試験でクラスの人数は随分減って、出席番号と座席位置もすっかり変わり、教室には何とも言えない空気が漂っていた。 
不合格者はどうなったんだろうという話題も多少あがった。 
荷物を持ってセントラルに送られて一般兵になるとか、運搬等の業務に配属になるとか。 
友達に挨拶もできずに学校を追い出されるとか嫌だなとか、でも不合格になって出ていくのに合格した奴に挨拶なんてしたくないだろうとか。 

「……」 
「リガンド、」 
「…え?」
昨晩のことを思い返していたリガンドが、呼びかけに少し遅れて振り返ると、クラスメイトのザイムがニヤッと笑って教室のドアを示す。
「呼ばれてるぞ」 

・ 
・ 

「で、どうだった?」 
「え?」 
一日の授業を終えて、クラインの部屋に入った途端、質問を浴びせられた。 
「何のこと?」 
課題を机に置きながら、問い返す。 
「今日、実習棟の横で女の子に呼び出されてただろ?告白?OKした?キスした?」 
「あ、…あぁ……」 
一体どこから見られてたんだろう……
「どうだった?」 
「どうって……断ったけど」 
視界の端でハインツが低く笑ったのが見えた。 
「えええええええ!なんで?わりと可愛いかったじゃん、嫌いなタイプだった?」 
両肩を掴まれ、揺さぶられながら、顔まで見える場所から見てたんだ…とぼんやり思う。 
「嫌いとか、そういうんじゃなくて、別に興味な…」 
「ええええええええもったいない!」 
「だから言っただろ」 
ぶ厚いファイルを閉じて、ハインツが会話に加わる。
「うっそ、マジで、なんで、もう…」 
自分に抱きつきながらクラインが床にずり落ち、最後には足にしがみつかれる。 
「大体、入学一年目は皆大人しく過ごすんだ。そして、選別試験を一度クリアした新学年からそういうのが増え始める」 
ハインツがリガンドの足にしがみついたクラインの横に、同じようにしゃがんで物知り顔で話す。

 
「増え始める…」 
「そう」 
二人がからかうような表情で自分を見上げてくるのを見て、リガンドは溜息をつきながら反撃を考える。 
「だったら、ハインツも相当告白されてるんじゃないの?」 

ハッと気付いたような顔をして、クラインが今度はハインツを見る。 
「程々に対応してる」 
「あぁ~もう、なに、俺だけダメじゃん!セントラルでは一応モテたのに、ここ全然ダメじゃん!ほんと俺、サイマス嫌い!」 
ハインツが二人の視線に涼しい顔で迎撃完了すると同時に、クラインが今度は床に転がり始めた。昨晩の会話を思い出しながら、落差に戸惑いつつ、リガンドも床にしゃがみこむ。 
「えっと……」 
床に転がる希望に届ける言葉を探す。 
「……クラインは、モテるよ?…その、少なくとも俺のクラスでは、結構人気ある…ぅわっ」 
「ほんとに?!」 
一瞬で起き上がったクラインにしがみつかれる。
「ほ、ほんとに」 
「ほ ん と う に?!」 
真剣な表情に圧されつつ、しどろもどろに続ける。
「……その、やっぱり攻撃官コースって、実技できる人は人気あるから…この前、卒業しちゃったけど、実技最優秀のダグ・オレイル先輩もすごく人気……モテたよ」
クラインに通じる具体例を出そうと、リガンドは普段あまり興味が無くて話半分で聞き流していたクラスメイト達の噂の記憶をひねり出した。 

「誰それ」 
「え…?…っと…」 
確か、クラインはオレイル先輩と対戦したんじゃなかったっけ?

口ごもったリガンドに、ハインツが言葉を追加する。 
「最初の実力テストで対戦しただろう?あのときの第4学年代表だ」
クラインの視線が数秒宙をさまよってから、二人を見る。
「………うっそ、あれが?じゃあ、俺モテるわ」 
「………」 
二人を床に残して一人すっくと立ち上がり、握りこぶしを掲げる。 
「俺、サイマスでも楽しむ!」 

高らかな宣言に、窓から入り込んだ春の気配が部屋にゆっくり満ちていった。 

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