第45話 祝杯

「リガンド、学年実技最優秀おめでとう!」
「あ、ありがとう」 
第2学年最終日、成績発表の夜。クラインからグラスを渡され、見慣れない瓶から液体が注がれるのを見る。これって… 
ごく自然にハインツもグラスを持ち、クラインが慣れた手つきで注ぐ。 
「酒?」 
口に入れる前に嗅ぐ。甘いような、少し刺激の強い、今まで嗅いだことのない香りがする。 
「うん、飲んだことない?」 
「……ない」 
慎重に、一口目を飲む。 
「無理するなよ、相性ってものがある」 
「ハインツはすごい強いよ、俺はまぁまぁかな」 
二人はいつの間に飲んでたの…と言おうとして、思い当たる。 
第2学年の後期から、攻撃官コースでは耐久訓練が始まった。大体、月に1.2度のペースで、24時間から72時間ほど。 
夜を徹しての耐久訓練だから、その期間はクラインやハインツに会うことはなかった。 

「どう?」 
上機嫌でクラインが顔を覗き込んでくる。多分、少し酔ってるんだろう。 
「……まぁまぁかな」 
おいしいと言っていいのか迷う味だった。 
「攻撃力(パーフォリン)の数値も順調に上がってる、もしかしたら卒業までに士官学校の最高値を更新するか」 
ハインツが片手にグラスを持ちながら、もう片方の手で持った資料を眺める。 
間違いなく自分の個別評価表だ。しかも候補生本人には公開されないデータも記載されたものだろう。 
「さぁっすがはリガンドぉおお~!がんばったもんな~!」 
「…っ、わ……でも、攻撃力の数値は訓練したからって増えるもんじゃないでしょ?」 
クラインに飛び付かれて頬ずりされながらハインツに尋ねる。 
確かに、自分の攻撃力の底値は上がった。でもこれは戦闘技術とはまったく関係の無いもので、戦場では指揮官の使羽により補充してもらうものだ。 
そういう意味でも、攻撃官にとって指揮官は必須の存在となる。 
「………そうだな」 
「?」 
妙な間を空けて、ハインツが特に何の情報も付け足さずに頷く。 
こういうとき、大体、ハインツは何かの情報を持ってる。わざと間を空けて、情報を持っていることだけは教えてくれるわけだ。 
聞けば答える、と、ハインツは以前言ってくれたけど、「聞かれたその場で答えるとは言ってない」と後日唐突に追加された。知らせるにはタイミングというものがある、と。 

「そうそう、俺に抱かれると選別試験に受かるって噂があるらしくて~!」 
「へ、へぇ…」 
どこからそんなにやる気がわいて出てくるのかわからないけど、クラインは熱心にナンパ活動を継続している。 
聞くつもりがなくても、クラインに関する噂は耳に届くようになっていた。 
ハインツの言ったように、特にトラブルが起きることもなく、そしてその活躍?によって「特殊前線指揮官」という官職の知名度も、攻撃官コース内で上がっている。指揮官コースでも少しずつ名前が通っているらしい。 
卒業前から名前と顔が知られているのは悪いことじゃない、とハインツが若干投げやりに言っていたのを思い出す。 

「これ、どこから手に入れたの?」 
少しずつ飲みながら、目の前のボトルを指したタイミングで、ハインツがしれっともう一本、棚の中から取り出してきた。……飲むの、早くない? 
「これは俺が手に入れたやつで、それはハインツだろ?」 
ハインツがクラインに軽く頷きながら、ポケットから出した小さなナイフで瓶の封を切る。 
……だから、その、どこから? 
飲み干したばかりのグラスにクラインが注いでくるのを無抵抗に眺める。 
「あまり真面目に過ごしてると、こういうルートに気付かないんだ」 
2年後の卒業式で総代を務めることが早々に決まった年間首席保持者がからかうような口調で話す。 
クラインの履修状況も調整して、ハインツは自身の卒業を「予定より1年早いだけ」の2年後に決めた。それはちょうど、4年制の攻撃官コースに所属する自分の卒業年と同じで…… 
「……」 
「リガンド?」 

・ 

・ 

気がついたのは明け方だった。 
ベッドで起き上がる前に、いつもより一人多いことに気付く。 
「……ん?起きた……?」 
「…珍しいね、ハインツもここに泊まっていくなんて……何?」 
自分が起きたことに気付いたクラインに、抑えた声で話しかけるとハインツも静かに起き上がり、クラインと顔を合わせる。 
「………昨晩のこと、覚えてる?」 
「……?」 
思い返そうとするが、記憶が途中から曖昧になっていることに気付く。 
「……俺なんかやらかした?」 
クラインがハインツと顔を見合わせてから、神妙な顔でこちらを見る。 
「リガンド、俺達と飲むときはいいけど、今後、誰かと酒を飲むときは控えめにした方がいいと思う…」 
「……俺、何したの?」 
クラインがハインツに、言っていいと思う?と聞いて、ハインツは目を逸らした。別に話さなくていいだろ…とベッドから立ち上がる。 
「え、ちょっと、何?怖いんだけど……でも、言って?知らない方がなんか……怖い」 
二人が再び顔を見合わせる。ハインツが溜息をついて、クラインが俄かに満面の笑顔を浮かべ、こちらの両肩に手を置く。 

「か わ い か っ た」 
「は??!?」 
「ほんともう、かわいかった、すごい甘えてきて、ね、ハインツ」 
「え??!?」 
真偽を確かめるためにハインツを見る。ハインツは目を逸らしたまま応じる。


「いわゆる、甘え上戸ってやつだろ」 
「ハインツが部屋に戻ろうとしたら嫌がってさぁ、3人がいいって、リガンドが。それで3人で雑魚寝したんだよ、覚えてない?」 

まったく覚えてない 

「で、真面目な話。リガンドは他の奴と飲むとき、気をつけた方がいいかも。かわいすぎるから理性ふっとぶわ~」 
「まぁ、量は控えた方がいいだろうな」 
「………」 
「あ、でも、俺達と飲むときは全然構わないから♪」 
「……ぃ」 
「ん?」 
「もう絶対飲まない……!」 

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