クラインは無事、2度目の進級試験に合格した。
座学の理解率がやや不安であったが、ナンパで「作戦指揮の略語」が使えると気付いたクラインが予想外のやる気で追いあげて、思ったよりも得点が高かった。
この調子なら、卒業必須の座学単位はなんとかなる。
実技は何ら問題ない。今なら、編入時に敗退した相手……ダグ・オレイルにも勝てるだろう。
問題は……
クラインの履修計画表を眺めながら、ハインツの表情が少し陰る。
この『VEシミュレーション試験』だ。
部屋の壁に掛けられた時計を見る。そろそろ終わった頃だろう。
あの試験は、試験自体が終了しても一定時間、候補生を控室に待機させる。
精神的な動揺等があるからだ。
寮棟の自室を出て、先に教師室で試験結果の詳細なデータを受け取った。
予想していた範囲の内容に、軽く目を閉じて深呼吸する。
前方から歩いてくるクラインを見つけ、声をかける。
「クライン、」
「俺に近づくな」
低く、放たれた言葉に思わず息が詰まる。
これ位は予想していた。いや、予想を超えた殺気が自分を萎縮させた。すぐに振り返ることができず、足音なくクラインが離れていく距離を心の中でカウントする。
自分が振り返る視界からクラインが完全に消えた頃、ようやくハインツは思考を再開し、廊下を、クラインの進んでいった方向とは逆へと歩き出した。
「ハインツ?どうしたの、こんなとこで」
喫茶室でクラインを待つ日以外は、クラインの部屋にそれぞれ向かう。
教師棟に入ってすぐの廊下で、リガンドを待つのは初めてだった。
窓枠にもたれていた姿勢を正して、リガンドに向き直る。
「今から俺が話そうとする内容は、クラインにとってはメリットだが、リガンドにとってはデメリットでしかない」
リガンドの表情が、一瞬だけ緊張を示してから、穏やかな笑顔に変わるのを見る。
「……いいよ。話して」
ここで話す、と前置きして長めに息を吸う。
「士官学校では、コースによって実施時期は異なるが、あるシミュレーション試験を行う。薬物使用によって候補生を催眠状態にして行うから、訓練中、候補生は現実か仮想かの区別がほとんどつかなくなる。シミュレーション内容は、」
ここで一息つく。
「味方が敵に感染した場合に、どれだけ早く的確に排除……攻撃もしくは攻撃命令ができるかだ。この試験では、精神的な動揺等も測定される」
リガンドがごく浅く息を飲んだ音が聞こえた。真正面から目を見据える。
「この試験内容は、本来であれば実施前に候補生には知らせない。だから、この話をしたことが…リガンドにとってのデメリットの1つだ。適正な受験ができなくなる可能性があるからな」
「……クラインのメリットって何?」
デメリットの1つ、と敢えて含んだ表現を使ったことに、リガンドは気付いただろうに。
「このVirtual enemy試験を今日、クラインは受けた」
手に持つ紙を軽く振る。自分は入学から半年ほどでこの試験を受けて、クリアした。当時は交友関係に一切の興味がなかったのも影響して、精神的な動揺がまったくなかった。なさすぎて逆に「不利」ではないかと考えたほどに。
……もし今、再受験したら結果はどうだろうか。自分は、動揺するのか。
「結果は合格。判断の速さも攻撃も的確だった……が、その後の精神的な動揺が大きすぎて、再試験となった」
再び、窓枠に自身の重力を少しだけ預ける。自分の表情が少しわからなくなる。
「VE試験でクラインの敵になったのは、お前だ、リガンド」