第47話 約束

“ これからのリガンドの行動が、クラインにとってのメリットになる。
リガンドにとっての残りのデメリットは、これからクラインに会いに行くことで生じる危険だ…… 

俺にはクラインを止められない ” 

クラインの部屋へと一人で歩きながら、リガンドは先日の喫茶室での会話……指揮官同士で『声』を使った場合の話題を振り返る。
ハインツは「クラインに俺の声は通用しない」と話していた……

クラインのVE試験では、自分が仮想敵だった。 

じゃあ、俺のVE試験で、クラインが仮想敵になる可能性もあるってこと? 

でも、現実にそうなることも否定はできないんだ、そうなったとき、……。 

「………」
 クラインの部屋のドアの前で立ち止まる。一息ついてから、要らないと言われているノックをするために腕を軽く上げる。 

「入るな」 

普段のクラインからは想像できない位の、低い、重い声だった。ハインツが、予想より「効いた」と自嘲していたのを思い出す。でもこれは指揮官の『声』じゃない、殺気だった……キラーの声だ。 

軽く息を吸って、ドアノブに手をかける。 
「……入るよ」 
いつも通りにドアを開ける。広がる視界に映るのは……いつもとは異なる角度で床に横たわる机、椅子、散らばる本やノート。 

「……俺はリガンドを殺した」 

数メートル離れた位置で、クラインが背を向けたまま呟く。低く。抑えた声で。 

VE試験実施後、受験者を一定時間隔離するのは、その精神的動揺を落ちつかせるためだけじゃない。キラーの場合、攻撃態勢に切り替わってしまっているので、ある程度落ち着くまでは近づく者を攻撃してしまう危険性があるからだ。 
だから、こうやって自制のためにも距離を取る。 

「……」 
クラインに向かって、一歩踏み出す。声にならないほど微かに、近づくな、と言うのが聞こえ、それを合図に集中を高めた。 

一瞬だった。 

数メートルは一瞬で詰められ、クラインの、何も持っていない手が、そこにはない刃が、自分の胸を貫こうとした。 
それよりも僅かに早く、リガンドは間合いに飛び込み、クラインの肩と肘の関節の自由を制限した。腕力ではクラインには敵わない。動きを止められるのは、数秒でいい。 

「……俺、が、感染したらクラインが止めて」 

数秒しかもたない。力に押される、押し返される前に…… 

「クラインが感染したら、俺が必ず止めるから」 

今はまだ、止められないけれど。

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