「俺は反対だ」
珍しく不機嫌をはっきりと表して、ハインツが腕を組みながら言った。
「クラインが特警と同じ紋章(エンブレム)を装着することにつき、俺は既に教師室へ意見書を提出している」
「え、なんで?」
対し、クラインはのんびりと首をかしげる。
「あのエンブレムは装着者に負担が大きい。一般回線と軍事回線の情報が常時骨伝導で聞こえるんだ。混線しているときのノイズは相当なものになる」
「だって、『俺ら』は第二防衛みたいに狙い定めた敵だけを叩くんじゃなくて、目についた敵を見つけ次第、片っ端から殲滅していくから情報は大事だし、」
「クラインは特警じゃない」
ハインツの語気の強さに、思わず背筋が伸びる。ハインツは普段は静かな声で話す。それに、クラインが話している途中でハインツが遮ったのは初めて聞いた。
「俺は特警の役割も兼ねてるんだろ、じゃあ必要じゃん。あと、普通の受信機だと、戦場では音が聞き取れない場合もあるから骨伝導で、落とすかもしれないから頭部に直接固定で…」
「そ う だ、固定なんだ。ずっと聞こえ続けるんだ、救援信号も含めて。受信機による特警の疲弊は第二防衛にも報告されている」
「それは~え~と、平気だよ、気を紛らす方法は先輩から聞いて知ってるから」
「今後、戦況が悪化していくのはわかっているだろう、ノイズは上がる、負担も…」
「あぁああ、もう、皆つけてるからさぁ」
クラインは意外と頑固だ。そして、クラインのことになるとハインツも、多分。
自分の疑問がきっかけで始まった二人の言い合いに、そっと小さく挙手をして、発言の機会を求める。
「なに?リガンド」
ぱっと顔を明るくしてクラインがこちらを見る。
……別に助け船を出すつもりじゃないんだけど。
「あの紋章の機能は2つあるんだよね、俺はもう1つの方も気になるんだけど……」
「あぁ、一時蘇生ね。ラッキーな機能だろ」
クラインのあっけらかんとした物言いに、ハインツが溜息をついてソファに沈み込む。
「ラッキー?」
「そう。戦闘中に致命傷を負うと、死ぬ前にエンブレムから劇薬が注入される」
クラインがこの前と同じ位置を人差し指でさす。
「劇薬って、どんな…?」
「うーん、なんかすごい強くなれるらしいよ、一時的に」
説明が大雑把過ぎてよくわからない…ハインツに解説を求めようとする前に、抑えた声が応え始める。
「運動能力に関するあらゆるリミッターを強制解除するんだ。通常であれば、無意識的にセーブしている能力を全て解放させる。当然、身体はもたない。だから効果は『一時的』なんだ。あれは『蘇生』なんてものじゃない……」
「そう、それ!リミッター解除!最後に超全力が出せるって」
ハインツの低い声に、クラインが明るく話す。二人の温度差を、どうしようもなくかき混ぜるように疑問を投げる。
「だから、自決のときは紋章を撃つの?自決のときに『蘇生』が発動するから…?」
一瞬、軽くクラインの目が見開いて、すぐに穏やかな表情へと変わる。こちらの手を取り、少し背を落として自身の右頭部へと誘う。
「そうだよ。だからリガンドは俺を討つとき、ここを狙わなきゃいけないんだ」
目を見て、わかった、と答えた。
クラインは、軽く頷いて手を離し、ハインツを振り返る。
「ハインツは知ってるんだろ?紋章の蘇生機能がほとんど発動しないってこと」
「え……」
ソファから起きあがったハインツが頷く。
「あぁ。報告例は極端に少ない。例えリミッターを解除してもまともに動ける体がなければ、どうしようもないからな。だから…」
ハインツがそう言った後で、更に続けようとする言葉をクラインが遮る。
「蘇生の可能性が低くても、俺は、あの紋章、つけるから」
クラインの頑固の方が上回った。
ハインツの…まだ始まっていない反論を、今度は笑顔で押し切ったクラインに軍配が上がるのを見届けて、二人に気付かれないように、リガンドは小さく溜息をついた。