第52話 質問

士官学校には、制御官コースと指揮官コース、攻撃官コースの3つのコースがある。 
候補生の8割近くが攻撃官コースで、各コースは通常、特に交流も接点もなく、廊下ですれ違う際などに、注意深く襟章を見分ける位でしか、互いを知ることはない……。 

「お、」 
隣を歩くザイムが軽く声を漏らして、こちらを肘で小突く。 
前から歩いてくる候補生は、小柄だが、長く伸ばした癖のある金色の髪が、後ろで束ねてはいるものの存在感を示している。 

その顔を見て思わず、半目になった。すれ違う瞬間に襟章を盗み見る。攻撃禁止の『白』で、文字はR、学年を示す数字はⅣ……間違いない。 
「かなりかわいいな、制御官コースの4年か~」 
通り過ぎてから、ザイムが小声で感想を漏らす。相槌を打つ気は起こらず、無言で流した。 

確かに、自分と似たような顔だった。 
あれが、クラインがナンパして玉砕した、リスティ・ティセラ。 

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「あ、リガンドも見たんだ?どうだった?」 
自主練を終えて、教師棟のシャワールームでなんとなく報告した。 
「どうって……別に、」 
タオルで髪を拭きながら、感想に詰まる。自分と似たような顔だった、としか言いようがない。あの顔をどう評価しても、それ、おおよそは自分に跳ね返ってくるだろ… 
「ほんとに俺の好みの顔なんだけど全然ダメでさ~、何度目かに蹴られたし……避けたけど」 
「それ本当に嫌がられてるんじゃ……」 
「う~ん……惜しいなぁ…好みの顔なのに」 
こちらの顔を両手で挟んで眺めてくる。顔を延々と眺め続けられるのには、もうとっくに慣れてしまった。ここまで間近に、堂々と眺め続けられるのに慣れると、クライン以外の視線……廊下や食堂、訓練場で多少の注目を浴びても、なんとも思わなくなってしまった。 

……これはいいのか悪いのか。 

満足したのか、ようやく離れてシャツのボタンを留め始めたクラインに、なんとなく声をかける。 
「この顔で、女の方がよかった?」 
随分馬鹿な質問だ。クラインは女の方が好きなんだし、そうだと言われて自分が変われるわけもないのに。 
「ん~、リガンドは男の方がいい。俺、バディは男の方が気楽だから」 
「………」 
返答を聞いてから、自分の質問の馬鹿さ加減に恥ずかしくなってくる。 
何言ってるんだ、俺…… 
「あとさ、いるから。同じ顔で、女の子」 
「……へ?」 
着終えたクラインが脱衣場のドアを開けながら、話が続く。 
「言ってなかったっけ?そっくりだよ、リガンドとキアは」 
「……キア?」
※名前の由来 KIR: Killer cell Immunoglobulin-like Receptor 

「セントラルの同期で…だからもう卒業して戦地に出てる」 
「………彼女?」 
また馬鹿みたいな質問をした、と思う。 
「ううん。まぁ、俺のこと好きみたいだったし、そのうち付き合うつもりだったけど……俺がこっちに編入になったから~」 
「あぁ……」 
そう言えば、セントラルでの話をほとんど聞いたことがない。雑魚寝してたことと、わりとモテていた?ってことくらいしか。 
クラインが、どんな風に過ごしていたのか、友人関係とかはどうだったのか… 

「あと、セントラルにはバディもいた」 
本当に、ふと思い出したように、クラインが話し始める。 
バディという言葉に、喉を通る空気が冷たく感じた。 
教師棟の廊下は暗い。寮棟だと、まだこの時間帯は候補生たちがたむろしていることもあって、照明で明るいが、教師棟は足元の非常灯がひっそり、転々と光っているだけだ。 
「同期で俺の次に強かった。俺の次に取りまとめ役って感じで、カールって名前で…」 
※名前の由来 KAR:Killer cell Activate Receptor キラー細胞促進レセプター 

クラインが立ち止まり、振り返って、自分の足が止まっていたことに気付く。 


ハインツも度々気にかけている。 
クラインがセントラルに…サイマス編入前の自分に戻りたいと思っていることを。 
セントラルには、好きな子もいて、バディもいた。 

「……サイマスに来る前の方がよかった?特警の方が…」 
今日は本当に、馬鹿な質問ばかりする日だ。なんでだろう。 

馬鹿な質問に、クラインが「ん~」と体を傾けて唸る。

「………サイマスに編入とか最悪だってしばらく思ってたけど、リガンドとバディ組めたからチャラか、それ以上ラッキーだったかな。あいつらとは、運が良ければまた戦地で会えるし」 
特警の戦死率を教科書で読んだのを思い出した。前線で戦う彼らは、その戦い方……それは攻撃官も同じことだけれど、接近戦ゆえに、若くして死ぬ者が多い。 
「もしかして、それで、特警の紋章をつけたい…?情報を全て受け取れるから?」 
再び歩き出したクラインの背中に、もうひとつ質問を投げかける。 
「あ~~~なるほど、そうか、使えるな。ううん、違うよ、あれ、かっこいいから」 
「え?」 
クラインが部屋のドアを開ける。ハインツがいるから部屋には灯りがついていて、細い光が廊下に幅を広げていく。 
「モテるんだよ、特警は、一防で。あの紋章と、黒い軍服!かっこいいだろ?」 
片手に持っていた着替えをクラインが部屋の片隅に投げる。 
それを目で追う途中で、ハインツが書類から目を離してこちらを見るのが見えた。
「『通り過ぎれば死が残る、黒い風』?」 
「そ~う!でさ、特殊前線指揮官の軍服も黒いみたいだからさ!紋章付けたら特警か特司かパッと見、多分わかんない!」 
「ナンパ目的でつけるにはデメリットが大きすぎる。負担が大きいと言ってるだろう」 
諌めるようなハインツの声がすぐさま飛んでくる。 
「い~や、他にもメリットが増えた!セントラルの仲間と合流するのに、情報を受信してる方が都合がいい!な、リガンド?」 
クラインが上機嫌でこちらの肩に手を置き、ハインツの視線の先がこちらに切り替わる。 
「お前、余計なことを」目でそう言われた。 
「え、えぇ……」 
気楽なクラインと、対照的なハインツに挟まれて弁解の余地を与えられず呻く。 
呻きながら泳いだ視線が、卓上のスケジュール表に漂着した。 

士官学校卒業まで、あと1年半。 

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