クラインは勘がいい。
前線指揮官としての資質なのか、共に時を過ごすほど、自分とは異なる能力を持つ存在だと知らされていく。
クラインを初めて見たあの日、自分はいつも通り、教師棟で教師と質疑をしていた。
戦地での未解決問題は多くある──その1つ、「戦闘不能に陥った兵と共に敵を封じ込めたエリアD2の防護壁の耐久性と次善策」について。
軍は緩やかに崩壊しつつあった。
その事実を、学長と教師は決して直接的には語らなかったが、特別に閲覧を許可された報告書や資料から、自分は読み取ることができた。
やがて、学長から自分に与えられた特別な課題によって、崩壊が世界規模であることまで読み取れるようになっていく。
それは士官学校に入って1年も経たない頃に知った、不確かな将来の絶望だった。
学長から与えられた課題───。
「軍が直面する問題」について、士官学校から「意見書」を送る。
その意見書作成に参加することだった。
それは予め「正解」が用意された士官学校の講義とは異なり、すべて自分がこれから解を叩き出すもので、次第にそれにのめり込んでいった。
それは、自分が絶望を正面から受け止められないことの証であることを、自覚しながら。
学長は自分の将来の活躍を期待するとは言ったが、1人が秀でいていたところで、世界規模の崩壊を止められるわけもない。
限られた戦力を最大限活かせる「最善解」を導き出したところで、絶望はゆっくりと、歩みを進めてくる。
静かに、報告書の文字が、数字が、肺の中の空気を重くしていった。
そして、重くなった空気は、光さえも遮るようになっていく──
そんな日々に、クラインは現れた。
教師棟で自分以外の候補生を見たことがなかった。
自分と同じように、もしくはそれ以上に、学長が「士官学校の最期の希望」として彼に期待をかけていると説明を受けた。
彼の髪が鮮やかなブロンドだったのもあって、暗かった視界が少し明るくなったように錯覚さえした。
必要なのは最善解だけじゃない、
根拠の無い希望も、きっと───
・
・
「俺知ってるよ~、ハインツが第2種を志望してるホントの理由~」
「え、何?」
リガンドがクラインに聞き返している。
目の前の柔らかな金色の髪がぐるりと角度を変えた。
手の届きそうな位置で、琥珀の液体が入ったグラス越しにずっと眺めていた。
酒が入って上機嫌のクラインがグラス越しにこちらを見て笑う。
「……何だ?」
つい先ほど、自分は志望する指揮官の種別について二人に話したところだった。志望理由も含めて、特に何かを伏せたつもりはない。
「ハインツはさ……リガンドが攻撃官だから、リガンドに出撃命令出したくないんだよね~」
「………」
グラス越しにクラインを眺め続ける。リガンドの視線がこちらに移るのを感じながら。こちらは視線を動かせない。表情も。
「どんな状況であっても……指揮官は最善策を講じて指揮をとらないといけない……攻撃官が死ぬのがわかっていても、出撃を命じなきゃいけないケースも…ある……指揮官第二種なら、指揮命令を下す相手はセントラル卒の化学攻撃官だから…」
リガンドが僅かに動いたように思え、それを打ち消すための言葉を探す。
「…少し飲みすぎじゃないか?クライン」
実際に、今夜のクラインのペースは早めだった。
「……うへへ、アタリでしょ」
「………」
自覚していなかった訳ではない、1種か2種か。選ぶ過程で、それは確かに脳裏をよぎった。
リガンドが口を開きかけるのを、グラスを持たない手で制する。
言いたいことはわかっている、わかっているつもりだ。
言うな、そして言わせるな。
酔っ払ったクラインがゆるやかに酒に意識を落としていくのを見届けてから、グラスを卓上に置く。
それを見て、黙ってこちらの様子を伺っていたリガンドがゆっくりと口を開く。おそらく、言葉を選び直して。
「……クラインって、酒が入るといつもより勘がさえるよね」
「………そうだな」
そう言い返すのが精一杯だった。