第54話 友人

翌朝。 
いつも通り、俺の空き時間にハインツが補習をして、ひと段落したときだった。 
「……クライン、お前なんであんなことをリガンドの前で言ったんだ」 
不貞腐れたような表情を浮かべて、ハインツが椅子の背にもたれる。 

あんなこと。 
昨晩のことだろうとアタリをつけて、惚ける。 
「え?ダメだった?」 
「ダメじゃないが……」 
「だってさ、言わなきゃ伝わらないよ。リガンドに言っておいた方が、俺は二人にとっていいと思って」 
ハインツの眉間にしわが寄る。顔が凛々しくできてるから、知らない奴が見たら怖そうに、不機嫌そうに見えるだろう。
でも、これは照れ隠しだ。 
ハインツが表情を誤魔化すために、わざとしかめっ面をしてるやつ…… 
「一応、俺は指揮官候補生で、リガンドは攻撃官候補生だ。卒業すれば上官と下僚で……」 
「カリョウ?」 
「部下だ」 
「リガンドのこと、部下って思ってない癖に。友達だろ?」 
眉間を指し示して表情のセーブを解くように促す。 

“指揮官たるもの、部下の信頼を損なうような言動は慎むべし。” 

とはいえ、それは指揮官同士では必要の無いセーブだ。 
「………俺の方が年上だ」 
表情の緊張は解いてはくれたが、すぐに頬杖をついてそっぽを向いてしまった。 
「それ言ったら俺もハインツより年上だけど?」 
「…………」 
「いいじゃん、友達で。そんな照れること?」 
「………」 
今度は沈黙してしまった。 
ハインツは他に友達いなさそうだからな~こういう加減が下手だよな~と、椅子にもたれて天井を見上げる。 

「俺もそっちがいいんだけどな~、羨ましい」 
「……どういう意味だ」 
「俺、ハインツとは友達がいい」 
何度となく、ハインツに伝えてきたことだ。 
そして何度も、却下されてきた。 
「……俺は、クラインのことが好きだ」 
「知ってる。でも、できれば俺もハインツと友達の方がいい。なんかさ、えーと、リガンドといるハインツの方がいいんだ、わかる?」 
「言葉の意味は理解するが、承諾はしない」 
「ちぇー……」 
机に突っ伏す。 
答はわかってた。駄目元でもう一度押してみただけだ。 
それでも、ハインツとリガンドが二人で話しているのを見ると、羨ましくなる。 

そういうのが…… 
違うな、そういうのも、欲しいのか。 
自分と机との暗闇の中で、苦笑いする。 

ハインツが腕を伸ばして、髪に触れてくる。 
退けたりはしない。
触れられたら触れられるまま。 

結局、スキンシップは嫌いじゃないんだよな。 
だからといって、恋人関係になるつもりもなく。どちらかといえば友人関係の方が近いと思う、けど、何か違う、少なくともハインツは違うと言い張る。 

「……友達がいい」 
「断る」 

そう言い張る友人だということにしておこう。勝手に。 

>>第55話へ

各話一覧へ戻る