第55話 軍服

卒業を1週間後に控え、士官学校から軍服が支給された。 

とはいえ、まだ身分は「候補生」だ。真新しい軍服は、袖を通して具合を見ることはあっても、普段着用することはなく、ハンガーにかけて部屋の壁につるしておく。
だから、卒業式間近に最終学年の部屋の前を無駄にうろつけば、運さえよければ「いつか自分が着る軍服の実物」を覗き見ることができた。 

「……わ、」 
ドアがノックされて、今不在にしている部屋の主の代わりに返事をする間もなく入ってきたハインツを見て思わず声が漏れた。 
初めて実物を見た指揮官の軍服は、思ったよりも攻撃官のものと似ていた。 
攻撃官と同じ鈍色の地に銀のライン。 
襟の形と、襟の部分に十字が入っているところが違うくらいかな…… 
そして、手に持っているトレンチコートが通称「指揮官トレンチ」。 
通常であれば、攻撃官が見る指揮官の姿は、指揮官トレンチを羽織った状態だ。 
数で言えば、攻撃官が8割、残りの2割が指揮官と制御官。
指揮官はベージュのトレンチコート、制御官は白のケープで、戦場では見分けをつける。 

「着たんだ」 
候補生の制服を着ていたときとは、印象が随分変わって見える気がした。 
「あぁ。サイズ確認も兼ねて……お前は着ないのか?リガンド」 
「え、あー……」 
ベッドの上に置いた紙袋を見遣る。受取ってすぐに服についたタグでサイズの確認はしたが、まだ袖は通していない。 
一番最初は大事にとっておきたいような気もして、ここまで紙袋のまま運んできたけど、あっさり着ているハインツを見ていると、そんなに勿体をつけるものでもないかと急に気恥ずかしくなってくる。 

「クラインが戻ってくるまで、あともう少しかかるだろう」 
「じゃ、今から着替える」 
ハインツがどこまでこちらの考えを読んだのかはわからないけど、クラインが戻ってきて、着替えから披露するのはもっと恥ずかしいと気付き、急いで紙袋を手に取る。 
頷いたハインツがいつも通りのソファに腰掛け、書類を読み始めたのを見て、詰襟の金具を外す。 
「クラインは、紋章の装着に行ってるんだっけ?」 
「……あぁ」 
声色に不機嫌がはっきり表れる。ハインツは最後まで……昨晩まで、クラインの頭部への紋章装着に反対していた。 
今日は朝からセントラルの技師が来て、施術を受けると言っていた。 
麻酔するし、動作確認もするからと全部で5時間位かかるって……… 
当人が気楽に話すから、大丈夫そうに思えたけど、ハインツの不機嫌を見ていると、心配にもなってくる。 

着替え終えて、自分の軍服と、ハインツのを見比べる。 
ハインツが気付いて、席を立ってくれた。 
「ここと、ここが違う」 
「……似てるのは、攻撃官が不足したときに指揮官が攻撃官の任を担うから?」 
最敬礼をクラインに披露したとき、ハインツが話していたことを思い出す。 
攻撃官が不足する事態……そんな異常事態は想像できないけれど、「世界の終焉」が訪れつつあるのなら、覚悟しておいた方がいいだろう。 
「……かもな」 
「………」 

「たっだいまぁあああ!」 
しばらくの沈黙を破るように、勢いよくドアが開いてクラインが飛び込んでくる。候補生の制服ではなく、黒い軍服で。 
「あ、おかえり、紋章の装着どうだった?」 
「傷口の処理はちゃんとしただろうな?見せろ」 
軍服の感想はさておき、二人でクラインを囲む。 
「ばっちり!見て見て!かっこいいだろ?!」 
クラインがくるりと頭の向きを変える。柔らかなウェーブのかかった金の髪にまぎれて、真新しい金属の光が“双頭片翼の竜”の存在感を示す。 
紋章自体は銀色の筈だけど、クラインの髪の色が写って、それは淡い金色に見えた。 
「うん、かっこいい……」 
「だろ?!」 
「そんなことより、装着部の傷は大丈夫なのか?」 
「大丈夫だって、あ、でもすごかったよ、頭蓋にドリルで穴開けるからさ、麻酔かけてても音と振動がすごくて……途中でほとんど気絶した!ははは!」 
「えぇ…ほんとに大丈夫?」 
いつもよりテンションが高くて興奮気味のクラインに、ハインツが溜息をつく。 
「もう少し安静にしていた方がいいんじゃないか、脳震盪を起こしていたんだろう」 
「かもね~それより、二人も着たんだ、軍服」 
椅子を示したハインツに手で断ってから、クラインがこちらを比べるように見る。 
「あ、クラインも着てるよね、それが特司の?」 
「そーう!なんか他にもつける飾り?あったけど、わかんなかったから」 
クラインが……多分、部屋に入ってきたときに放り投げたのだろう紙袋を、ハインツがドアの横から拾い上げ、中から金色の飾緒を取り出した。 
「特司の軍服は初めて見たな」 
「へぇ、ハインツも初めて?」 
ハインツがクラインに姿勢を正す様に促し、軍服に飾緒を付け足していく。 
手順が気になってリガンドが覗き込むと、ハインツが応じて、説明を交えて見せてくれた。それは慣れていなければちょっと手間取りそうな手順で、クラインが自分で覚えて着けるとは思えなかった。 
「特司に関しては資料がほとんどないからな」 
飾緒を留め終えて、バランスを確かめてからハインツが頷き、リガンドも頷く。 
「ハインツ、そのトレンチ着てよ、見たい」 
クラインは、付け足された飾りに特に感想はないらしく、椅子の背にかけられたトレンチを指さす。 
それは自分も思っていた、とリガンドも賛意してハインツに視線を送る。 

「……卒業すればいくらでも見れると思うが」 
照れ隠しだろう、少し眉間にしわを寄せてからハインツがトレンチを羽織る。 

そうして、卒業式に臨む3人が完成した。 

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