第56話 新人

指揮官ハリソン・タリスは、指揮官室で長い溜息をつく。 

── ついてない、本当に。 

士官学校から届いた新規入隊の攻撃官の履歴書を、未処理のレターケースに投げ返す。 
「確かに。こちらが出した条件は満たしている」 
つい先だっての防衛戦で、ハリソン小隊は主力を1名失った。 
「即戦力となる者を希望する」 
士官学校にはそう、伝えた。 
どこの小隊だって、即戦力は欲しい。だが、自分の隊が守る位置、重要性等を訴え、優先的に実戦ですぐに使える攻撃官を、と。 
「性格、生活態度、座学や実技の成績、申し分ない」 
項垂れて、再び、未処理のレターケースから履歴書を手に取る。問題は…… 

「顔が良すぎる」 

これは『対策』を取らないと面倒なことになる。 
自分の部下たちは、割合、その辺に関しては品行方正ではある。 
だが、それは、全員がどんぐりのせいくらべな平平凡凡な見た目の集団であるというのもあって、誰か一人に人気が集中することもなく、それなりに調整して「発散」してくれているからだ。 
「これはまずい、本当にまずい」 
どこかの小隊が美形一人を巡って揉めて指揮系統まで乱れて全滅した、なんて笑えない話が実際にあるのだ。頭が痛い。 
写真うつりだけすごくいい、という可能性に賭けるにしても、元がそれなりによくなければこんなにもよく写るものでもないだろう。 
手元の、隊員の組替え表を見遣る。 
「……つけこむしかないか」 

入隊当日。 
到着した新人が指揮官室へと通される。 
「特殊技能攻撃官コース第72期卒、リガンド・グランです」 
写真うつりだけがすごくいい、という淡い希望が四散した。 
指揮官室までの案内役を務めた部下の表情も見て、胸中で項垂れる。 

……写真より、ずっといい。 

声も軽やかで、見た目も華奢だ。 
実技最優秀なのに。 

「ようこそ、我が小隊へ。私は指揮官第1種のハリソン・タリスだ」 
席をゆっくりと立ち、手を差し伸べる。 
軽く一度握手をしてから、再び腰を下ろす。指揮官らしく、椅子にふんぞり返って片手で使羽を送り出す。 
「今期の実技最優秀ということで期待している」 
「期待に添えるよう尽力します」 
ごく形式的な挨拶を済ませたところで、タイミング良くドアがノックされた。 
「我が小隊ではバディ制を取っていてね。隊内のルール等に関してはバディに聞いてくれ。どうぞ」 
「失礼します」 
「ロテア、彼は本日付でこの小隊に配属されたリガンド・グラン攻撃官だ」 
ここで一息置く。恐らく、この敏い部下は自分の浅い意図を悟るだろう。 

「彼が貴官の『新しいバディ』となる。新人の指導を宜しく頼む」 

・ 

・ 

「私はロテア・ソーム、69期卒。ロテアでいい、宜しく、リガンド」 
「宜しくお願いします」 
短い挨拶をすませ、ロテアは駐屯地内の廊下を、新しいバディを伴って歩く。 
「あまり固くならなくていい、ハリソン司令の方針として『上下関係はほどほどに』というのがあるから」 
「ほどほどに、ですか…」 
「極端に言ってしまえば、小隊における上下関係は、上が司令、下はそれ以外等しく。……ここが談話室。何室かある」 
室内の攻撃官が数名、こちらに好奇の視線をうつす。 
それに対してロテアは「新人に施設案内中だ、話すのは後で」と手を軽く振って視線を払う。 
「……しばらくの間は行動を共にしてもらう。慣れるまで少しかかるだろうから」 

『安全策』として。 

その意図を読んだのかどうかはわからないが、隣から「はい」と返事が聞こえた。 
「部屋は二人1組で使う。バディ同室だ」 
寝室のドアを開け、リガンドに先に入るように促す。そこでようやく、自分の新しいバディの容姿をきちんと眺めた。 
司令は恐らく……間違いなく、隊内の秩序が乱れることを恐れて自分をバディに選んだのだろう。『今』なら……少なくともこの新人が小隊に慣れるまでのしばらくの間は、他の隊員は自分に対して遠慮するだろうから。 

新しいバディがこちらを見る。何か、説明を待っている目だ。 
口を開きかけ、逡巡する。何かが蘇りかけて、今は駄目だと振り切る。 

「……右側のベッドを使ってくれ」 
「はい」 

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