サイマスを卒業したその日に、リガンドは配属先の小隊に到着した。
自分の上司となる指揮官ハリソン・タリスに会い、ハリソン小隊ではバディ制が採られているということで、3期上のロテア・ソームが自分のバディとなった。
自分に都合よく楽観的に捉えてしまうと、それが外れた場合の精神的なダメージが大きくなる。だから慎重に……とはいえ、一つの読みとしてハリソンもロテアも、自分が「外見に起因するトラブル」に巻き込まれないように気を配ってくれているように思えた。
ロテアの「しばらくの間は行動を共にする」は言葉に忠実に実行され、リガンドはハリソン小隊に到着してからこの5日間、一人で過ごす時間はほとんど無い位、隣にロテアがいた。
「お、あれ?お前がそっち使ってるのか?」
ロテアが部屋のドアを開け放した状態で少し席を外したときだった。
ちょうど部屋の前を歩いていた攻撃官が、思わず、といった様子でこちらに声をかけてきた。
「はい」
応答すると、もう一人の…おそらくバディだろう攻撃官も部屋を覗き込み、二人で目を合わせる。何か…?と尋ねる前に、軽く手を振って止められる。
「……そっか。いや、なんでもない。今のはロテアに言うなよ、じゃあな」
再び、1人になって、部屋を見る。
「『新しいバディ』……」
そういうことだろうな、と納得する。考えが至らなかったのは、自分のことで精一杯だったからだと反省もする。
新人である自分を好奇の目で見つつも何か遠慮するような気配が他の隊員から感じられたのは、それは自分の傍らにいる、バディを失ったロテアへの気遣いだったのだろう。
『お前がそっち使ってるのか』
たぶん、『前のバディ』が使っていた方のベッドを、ロテアが使っている。
もしかすると、バディを失ったロテアへの同情を、ハリソン司令は利用したのかもしれない。
「………なるほど」
利用できるものは何でも利用しろ、ハインツが自分にもクラインにも繰り返した言葉を思い返しながらリガンドは一人、腕を組んだ。
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その夜、ロテアがハリソンに呼び出されて、リガンドは談話室で一人になった。そろそろ、一人立ち……というか、短時間位は一人で他の隊員に対応しろということだろうか。
すかさずと言った感じで自分に近づいてきた数人の中に昼間の隊員がいることに気付く。
「あの…」
声をかけてから、少しわざとらしく周りを見渡してみせる。
「今日の、ロテアには言うなっていうのは…」
それは、ロテアがいない場所で、「ロテア以外の隊員」をまとめて対話相手にするための小手先の工夫だった。通用するかどうかはわからない。
表情にも気を配る。何も知らない新人が、何故言ってはいけないのか?と訝しむ様な表情で。
絵に描いたように、他の隊員たちが口ごもり、それぞれ目を合わしたり逸らしたりしてから、質問を受けた隊員も、周りを見渡して…ロテアがまだ戻ってきていないことを確かめて…少し姿勢を落として口を開く。
「ロテアのバディが、この前、戦死したんだ」
それを皮きりに、他の隊員たちも話し始める。
「7日程前か」
「リガンドが着任する数日前だ」
隊員たちが声をひそめて、少し前かがみになって、口々に新人に情報を与える。
一人が、再び部屋のドアを確認してから更に声を低くして、情報を追加する。
「……ロテアを庇って、ロテアの目の前で死んだんだ」
「………」
全てを聞いた自分の沈黙に、先輩である攻撃官たちが慎重になっているのを見る。新人に不必要に戦場への恐れを与えてはいけない、既に実戦を経験した攻撃官たちは皆そういう認識を共有しているだろう。
多少の気まずさを感じつつも、だけど、自分たちが教えなければこの新人は何も気付かずに、安易にロテア本人に尋ねてしまうかもしれない。だったら、陰で教えて黙らせた方がいい。そう考えての、この状況だろう。
リガンドは努めて冷静な態度を選び、落ちついた声を選ぶ。
「じゃあ、俺が使ってるベッドは…」
「ロテアが使っていた方で……今ロテアが使ってるのは、」
不意に、ドアの近くで立っていた攻撃官が軽く咳払いをする。
全員が咄嗟に思い思いのポーズをとる。
「え、じゃあ、ダーツとかは?」
「あまりやったことは無いです」
瞬間、話が切り替わり、リガンドも後れず対応する。
談話室に戻ってきたロテアにも声がかかる。
「ロテア、久々にどうだ?」
「酒を賭けないならやってもいい」
「よし、新人も……リガンドも来いよ」
「はい」
少し慣れた空気に、リガンドはハインツに指導されたとおりの「少し無愛想な表情」で返事をして席を立った。