第58話 特警クラッシャー

こちらの心配を知ってか知らずか、例の新人は思ったよりも小隊に打ち解けているようだった。 

……いや、知らない筈がないだろう。 

ハリソンは一人、指揮官室のデスクで溜息をつく。 あの顔だ。士官学校でも多少のトラブルに巻き込まれたことはあっただろう。 
履歴書と共に添えられた生活報告には、不自然なほどに何事も書かれていなかったのだが。 
いや、一文、気になるものはあった。 
「特殊前線指揮官コース所属候補生トラスト・クライン・ニールセンとの自主訓練を約3年間継続」 

特殊前線指揮官──。 
自らを前線に置いて戦いながら攻撃指揮と制御もこなし、第一防衛と第二防衛を架橋する指揮官。 
実戦に出て約6年経つハリソンも、遠目でしかその存在を見たことがない。 
指揮官よりもその役割から上位ともみなされる制御官、それに伍する特殊前線指揮官。 
確か、サイマス出身はかなり少なかった筈だ。 
「少し調べてみるか……」 
ハリソンは独り言を漏らしながら、片手を軽く振り、使羽を送り出した。 

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・ 

翌朝。 
いつものように、駐屯地内を散策する。 
小隊の管理は指揮官にとってある種、最重要任務だ。
攻撃官たちのコンディションを最善に保つ。それは人間関係も含めて。 
指揮官ハリソン・タリスは、候補生時代から特にパッとしたところのない、何から何までごく平均的なタイプだった。性格がひねくれているわけでもなく、清らかな心の持ち主でもない。
強いて言うなら、せめて…と部下の心身の管理に関しては熱心に努めていることが長所になるだろうか。 
第二防衛の指揮官にとって一番重要な能力……攻撃力を高めてやる能力も平均値なのだ、ならば、部下が小隊で過ごしやすい環境を整え、尚且つ、こちらが指揮しやすい関係を形成、維持することに、ハリソンは精力の大半を注ぐ。 

「リガンド……お前、容赦ないな……」 
「特警に関しては、躊躇せず一撃必殺と教わったんで」 
「いやでもお前、すごい音が鳴ったぞ…」 
「片付けの途中なんで、失礼します」 
「え……あぁ、ご苦労さん……」 

部下の話し声が聞こえて聞き耳を立てる。 
例の新人の声も聞こえた。意外と突っ慳貪な口のきき方をするんだな。 
「何かあったのか?」 
タイミングを待って、登場する。 
「あ…司令。いえ、その……」 
話しにくい内容なのか、一人が口ごもる。 
ハリソンは、近くにたむろす部下の中で、遠慮しない豪胆の者を探して視線を投げた。
「特警が新人をナンパしに来たんですよ。あの顔ですからね、すーぐ広まったらしくて」 
視線に応えて一人の攻撃官……フィリップが挙手してざっくばらんに話し始める。フィリップは自分と同期卒業で、部下の攻撃官の中では最も付き合いが長い。
指揮官と攻撃官という上下関係のスタンスは保ちつつ、できるだけフランクに会話できる関係を築いてきた。ちょっとした情報でも、役立つ情報かもしれないから、全て話してくれと頼んである。 
「あぁ…、それで?」 
自分の小隊の部下に関しては多少コントロールできても、特警の事を失念していたことに気付き、胸中で項垂れる。 
特警は、その辺が自由過ぎるんだ……。 
「見事でしたよ、実技最優秀者の戦闘技術は。抜刀しなくても」 
フィリップがにやっと笑い、他の隊員たちは思い出したのか多少顔色が悪くなる。 
ははぁ、ちょっかい出してきた特警をあの新人がボッコボコに撃退したわけか。 
「それはよかった…というべきか?」 
「それはそうでしょう、新人が予想を超えて逞しいと判ったんですから」 
これで小隊の攻撃官もあの新人が気楽に手を出せるような可愛らしい相手ではないと知ったでしょう、こちらの心配を見抜いたか、フィリップは大げさに眉を上げ、目を細める。 
「特警に恨まれないといいが」 
「それは無いです、彼ら、その辺は潔いですから。強い奴はそれだけで尊敬されるんです」 
そんなものか、と軽く頷きながら、今朝届いた情報を思い返す。 

特警と全ての士官の能力を併せ持つ特殊前線指揮官。 
今期卒業の新人士官が、実戦に出て今日で6日目───。 
自分の読み、というよりは淡い期待が叶うなら、あと4日も経たないうちに… 

「ハリソン司令!」 

思考を中断し、ゆっくりと部下に振り返る。部下の様子から、緊急の案件ではなさそうだが、走ってきたことに少し緊張を抱きつつも、悟らせない。 
「どうした」 
「司令に話がしたいということで、特殊前線指揮官がお見えに…」 

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