第62.5話 声の気配

うなだれた上官に、自分の知っていることをもう一つ、教えるかどうか。 リガンドは少しだけ迷って、止めた。 
指揮官が『声』を使うときは、通常の発声よりも少し力を込める。 
これは、ハインツが教えてくれたことだ。 
「この情報はお前がうまく使え」 

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士官学校を卒業したら、自分は第一種指揮官下の小隊に配属となる。 
一人の指揮官につき、攻撃官は30から50名程度。 
そこで「被害」に遭わないように、被害を最小限に抑え込むために…… クラインがいないとき、ハインツは色々な話と指導をしてくれた。 

「『声』の気配?」 
「そうだ、それを読み取れば、お前なら使う前に止めることもできなくはないだろう?」 
それって上官に対する反抗じゃ… 
「言うまでもないが、イレギュラーの事態における対策として話している」 
疑問を口にする前に回答を与えられ、リガンドは素直に頷く。 
よくあることだ、ハインツは常に先を取る。 
「指揮官が『声』を使うときは、通常の発声よりも少し力を込める」 
「……言われてみれば、クラインが声を使うときちょっとそんな感じがあるかも」 
クラインは時々、冗談で『声』を使う。大体じゃれつくときなので、こちらの意思を強く抑え込む様な内容ではないからか、体をごく軽く拘束された感覚になるだけだ。 
「でもハインツのはわからないよ、気配どころか、『声』だってことが後から判ったのもあったし」 
ハインツは静かに笑った。時折、ハインツはすごく穏やかに笑う。 
普段は制止した水面のように、音も気温も感じさせないけれど。
「そうかもしれないな」 
ハインツが席を立ち、室内をゆっくりと歩いて、窓枠に手を置いてこちらを見る。 
「指揮官の『声』は、その意思に反しない内容であれば対象者は特に強制力を感じないんだろう。そもそも、攻撃官のコントロールができていれば、強制力のある『声』を使う必要も少ない」 
「……もしかして、俺で試したことある?」 

本当に、ハインツは時折、すごく穏やかに笑う。 

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