第63話 飾り

「リガンド、これから指揮官会議に行くから同行してくれ」
「いいですけど……いつも会議の護衛はロテアかフィリップでしょう」
「たまにはいいだろう、行くぞ」
「はぁ」

突然の珍しい命令に従って到着した駐屯地には、すでに複数の指揮官が集まって雑談していた。

リガンドは指揮官会議がどのようなものかは知らない、が、思っていたのとは少し異なる雰囲気に眉をひそめた。なにか……

「お~!ハリソン!来てくれたか!」
「やぁ、『これ』で前回の借りは返しましたよ」
「そうだな、充分すぎてお釣りがくる位だ。溜飲が下がる」

そう言いながら、目の端でリガンドをつま先から頭のてっぺんまで一瞥する。
その視線に、リガンドは表情を無に徹した。

「そろそろ、皆様お集まりかな…?」
駐屯地の主であろう、会議の主催らしい指揮官が現れる。そして、その指揮官にぴったりと寄り添う攻撃官……『指揮官付き』だ。
白銀の髪はゆるやかなウェーブがかかっていて長く流れ胸元をキラキラと飾り、瞳の色は揺れる紫紺、しなを作った態度に女かと思ったが、男だ。

「……あれだよ、ご自慢の。あれが配属されて以来、無駄に会議を開きやがる」
さきほど、ハリソンに声をかけてきた指揮官が低く、呟く。
と、同時に、その指揮官が仕掛けた「お返し」に気付いた他の指揮官たちの視線が2か所を何度も往復するのをリガンドは感じた。つまりは、見比べているのだ、白銀の指揮官付きと、自分を。

「……そういうことですか」
顔の表情を一切動かさないままに、リガンドは隣にいる自分の上官へと礼儀を保ったまま精一杯の皮肉を低音で放つ。
「まぁ、そう怒るな。美形が台無しだ」
同じく、表情を一切動かさず上官がのうのうと、少し大げさに自分の肩に手を置いてくる。

自分だけが羨望の眼差しを受けるものと思っていた指揮官の表情が陰るのを、リガンドは眼球を限界まで横に回転させることで視界の端に追いやる。
彼の鼻をへし折りたかった指揮官が複数いたのか、「実技最優秀で…」「パーフォリンの値が最高値…」「特警クラッシャー…」など、リガンドを持ち上げるような話題がわざとらしく囁かれる。

「じゃあ、会議に出てくるからその辺で待機しておいてくれ」
「了解」
「……眉間」
眉間のしわを注意されて、更にきつく睨むと、ハリソンはふざけてヒェッと肩をすくめ離れて行った。

大体、指揮官は1名から数名の護衛の攻撃官を連れて指揮官会議に出席する。
攻撃官は会議の場に列席しないので、こうやって会議室の周辺で適当に待機することになるが……
空気が揺れる。白銀が自分に向って歩いてくる。

…めんどくさいな

溜息をつくのは抑えて、形ばかりの軽い会釈をすると、白銀はわざとらしくも見える笑顔を浮かべて話しかけてきた。
「……あなたが、一番綺麗だね」
大仰に周囲を見渡してから、こちらの顔を覗き込んでくる。
「……」
「はは、謙遜したりしないんだ?自信ある感じ?」
「面倒臭い感じです、貴官も今まで余計な面倒事に巻き込まれてきたでしょう」
「面倒事ねぇ……私は、自分から望んでやってることだから」
「……」
「軽蔑した?」
「いえ、自身と状況を把握して、どんな選択をするかは自己責任なので」
「それを軽蔑って言うんだよ」
「言いません」
「ふーん……」

壁に手を置いて、もたれかかるように顔をのぞきこまれる。
見る者の角度によっては、まるでキスをしているかのような近さで。
周囲にいる攻撃官たちが少し、ざわついた。

「視線を集めるのには慣れてるんだね、流石」
「集まったところで何も得は無いですけど」
近すぎる距離に特に感想もなく、淡々と返す。
「……視線だけ集まってもね。でも指揮官が集まってくるなら得はあるでしょう?」
「…?」
リガンドが訝しむと、白銀は一瞬目を丸くしてから耳元に唇を触れさせる。
「感じない?指揮官のすぐ傍にいる時間が長いほど、攻撃力……パーフォリンの産生量が増えるって」

唇が耳に触れたことよりも、鼓膜に届いた言葉に、動揺を覚える。
両肩に手を置いて、少しだけ顔と顔の距離をとった白銀が朗らかな笑みを湛え、自身の唇に人差し指を添えてごく小さく囁いた。音で聞かせるというより、唇を読ませるような発声で。

「はは、自覚してなかったんだ?……指揮官付きだけが知ってる特権だよ」

士官学校の攻撃官候補生の、パーフォリンの最高値。
在学中の計測で、第4学年の春にその値が塗りかえられたのを思い出す。

塗り替えたのは自分だ。

「強化使羽を出してもらわなくても、指揮官の傍にぴったりくっついているだけで影響あるんだから……」

その言葉に、リガンドは在学中どれほどの時間をクラインと密着して過ごしたかを思い返して眩暈がしそうになった。……そういうことだったのか。

それを知ってるからお前はああやってしなをつくって指揮官に張り付いてるのか?

言葉にせずに、黙って目を見返すと、白銀は再び笑みを浮かべた。
「どう活かし、どう生きるかは自由だもんね。……あなたも、後悔の少ないように」
するりと離れ、去っていく。
香水でもつけているのか、しばらくそこには香りが残っていた。

「一晩貸してくれないか」
「ハハ、ご冗談を」
「冗談抜きでだ、礼はする」
「ご無理なさらないでください、アレは一晩だけでも貸しが大きすぎる。代償が大きすぎますよ」

上官の声が近づいてくる。
声の方向を見ると、上官は手を軽く上げ、ハンドサイン「こちらへ」。
従って横につくとすぐ、肩に手を置かれる。
「コレは、正確には『特司付き』なのでね。私でも使用に制約がついている」
「…特司?!どういう……」
「では、失礼」
ハリソンに肩を抱かれる形で歩き出し、その場を離れる。

「………会議で何を話してたんですか」
「ハハ、さすがに会議であんなことは話さないよ、議題は至って真面目なものだったさ。まぁ、今更意見交換をしたところであまり意味ないものだったがね」
ハリソンの声が落ちた。
戦況があまりよくないことは既に指揮官の中では知れ渡っていた。リガンドもまた、クラインやハインツから教えてもらった世界の終焉を思い出してわずかに俯く。
それに気づいたか、別の理由か、ハリソンはすぐに声のトーンを上げて話題を戻す。

「さっきの奴は、他の隊に好みのがいるとあぁやって絡んでくるんだ。どうしようもない」
「はぁ。……そろそろ離してもらえませんか」
「いいじゃないか、減るもんじゃなし」

寧ろ、増えるんだよ……

記憶の中で白銀が笑んだ気がした。

「………」

あらん限りの軽蔑の表情を浮かべ、リガンドは白銀とハリソンを威嚇で追い払った。

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