第68話 崩壊のはじまり

「今期も追加配属は無しか……」 

ハリソンは通知文書を諦め顔で眺めてから、処理済のケースへと投げ入れた。
士官学校卒業生の8割を占める特殊技能攻撃官……通称『攻撃官』は、指揮官会議からの申請を踏まえて士官学校上層部の采配で各小隊に配属される。 

小隊の数は軍全体で4000程度、小隊自体は第一種指揮官1名と攻撃官30から60名程度で構成される。
攻撃官が戦死することは当然あり、その際は指揮官が指揮官会議を通さずに直接士官学校へと『補填要請』を出すことができる。
その補填要請が通り、2期前に実技最優秀のリガンドを配属してもらえたのはかなりの幸運ではあった。 

5年ほど前から、「毎期数名~6名程の攻撃官追加配属」が、何らの説明もなく滞り始めた。
そのうち補填要請すらも通りにくくなり、攻撃官がわずか10数名しかいない小隊も現れ始めた。 

ため息をつきそうになったタイミングでドアがノックされる。
透き通った声……だが少しぶっきらぼうな名乗り上げに「入れ」と許可を告げ、声の主が自分の前に立つのを数秒眺めてから質疑を始める。 

「ここ数年、サイマスからの攻撃官追加配属が途絶えている。これについてサイマス側からの説明はない。……お前は何か知っているか?」
「……は?」
どうしてそんなことを自分に聞くのか、と言った顔だ。
それはそうだ、指揮官レベルの問題を攻撃官に尋ねるのは筋違いだ……本来であれば。
「お前は特司付だからな、何かニールセン特司から聞いていないか」
見目麗しいこの攻撃官が特殊前線指揮官から何らかの情報を聞いていたとして、格下の第一種指揮官がそれを聞き出せるわけもない。

だが、自分はニールセン特司と個別の約束を交わしたのだ…… 

”貴官が我が小隊に滞在している間のみ、リガンド・グラン攻撃官の指揮権を委譲する” 

これはつまり、ニールセンが小隊に滞在していない間は、リガンドは完全にハリソンの指揮下にあるということ。 

「……」
リガンドが少し逡巡するのを見て、『声』を使うそぶりをみせると、美形の部下はあからさまに眉根を寄せて短くため息をつく。
「『声』を使わなくても話します。……一応、司令が私の上官なので」
「…そうしてくれ」
一応、という言葉に多少の不満を込められた気がしたが、気にしないふりをする。
リガンドは再び短くため息をついてから話し始める。
「私の知っていることはお話しますが、司令のご期待には沿えないかと思われます。ニールセン特司は本件に関してあまり熱心ではありません。ですので……」
たまらず二指を軽く上げ、一度制止する。
攻撃官は皆、実にスムーズに指揮官の指示に従ってくれる性質を持つ。
リガンドもまた、自分の僅かな挙動による静止に素直に従ってくれた。 

「話しやすいように話せ、敬語なんか最低限でいい」
「……はい」
垣間見えた、キョトンとしたかわいらしい表情が印象に残る。やはり普段の仏頂面は演技か。
どうぞ、と二指を傾け、話の再開を促す。
それを見て、今度は短く乱暴に息が吐かれ、先程のかわいさを帳消しにする態度が現われる。
「……残念ながら。この件に関して、俺は大して知りません。クラインはこの話を嫌がってあまり話さないんで。あと、詳細を正確に把握しているのはハインツだけだと思います」
「……」
別に最初から言い直さなくてもよかったのだが、几帳面だからか、それとも『声』で脅そうとしたことへの反撃なのか、つっけんどんに言われた挙句、とどめに天才の名前を出され、ハリソンは思わず絶句した。
この部下は既に学習してしまっているのだ、自分の上官が、天才ハインツ・テーザーに苦手意識を抱いているということを。その理由を。 

だが、本当の意味で絶句したのは、それに続いた言葉に、だった。 

「……サイマスは士官学校としての機能を喪失しつつあります。教員の数も減り、規模も縮小している。士官学校の機能そのものである学長も衰弱していると聞いています」 

”指揮官たるもの、部下の前で常に範を示すべし。決して動揺を読み取られてはならない。” 

士官候補生だった頃、何度も指導されたことだ。
攻撃官の前で決して動揺するな、悟らせるな。 

「……………なるほど?」
なんとか相槌をひねりだすも、言葉が続かない。
もう少し、いくつか最悪の事態等を予想して、肝を据えてから詰問するべきだった。いや、こんな後悔はあとでいい、今はするな。 

もはや動揺は気付かれてはいるだろう、机上で組んだ指に力を込め、言葉を引きずり出す。
「…なるほど、それで、サイマスの士官輩出数が減り、現場への配分も減ったわけか」
「そういうことだと思います」
こちらの動揺に気づかないふりをしてくれるのは有難い、と思った。
この攻撃官は、指揮官のプライドをよく理解している。
「そういう時期に、貴官が小隊に配属されたのは不幸中の幸いだったと確信した。今後も宜しく頼むよ」
「……は。」
「下がっていい」
なんとか体裁を取り繕い、話を早々に切り上げようとした。反省会は部下が部屋を去ってからたっぷりとすればいい。
「では行ってきます」
「ん?どこへ?」
「……司令が今朝出した斥候命令ですけど?」

繕いがほどける。
完全に忘れていた。よく見れば、リガンドの姿はサーベルだけでなく、シースナイフも仕込んだ出撃装備だ。
出発準備が整ったところで自分が呼び出したということになる。 

じと……と睨んできた部下に、思わずうめき声が漏れそうになり項垂れた。
ハンドサインだけで「行け」と伝えると、静かにドアが開いて、そして閉まる。
聞こえない足音が去っていくのをしばらく待ってから、ハリソンは盛大に呻いた。 

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